第7話 勘違いされる
鳥のさえずりで目が覚める。カーテンからこぼれる
まだ薄暗い部屋の中でベッドに目をやると、昨夜とほぼ同じ体勢で若旦那様が眠っていた。
ずいぶん寝相がいいみたい。……だけど、少しも動いていないのはおかしいわ。
ま、まさか死んでいるのでは……。
私は慌ててソファから飛び出し、大きなベッドに上がると、若旦那様の鼻や口の上に手をかざして呼吸を確認した。ちゃんと息をしていたので私はほっと胸をなでおろす。
そこへ部屋の扉がトントントンと早いリズムでノックされ、こちらの返事を待たずにいきなり扉が開いた。
「まあ~、坊ちゃまはこちらにいらしたのですね」
昨日のお婆さんが、目を細く引き伸ばしたように笑いながら部屋に入ってくる。私はその笑顔に何となく怖いものを感じていた。
いい人だと思っていたのだけど……。なぜこんなに怖いのかしら。
お婆さんは目にも留まらぬ速さで私の前に移動してきて、ぐっすり寝入っている若旦那様をチラッと見るとその笑みをさらに深めた。
「まあまあ、昨晩は……まあまあ~」
何かを言いたそうな笑顔のお婆さんは私と若旦那様を交互にじっと見ている。私はその視線にピンと来てお婆さんの袖を思わずつかんだ。
この人は勘違いをしているのだ。私と若旦那様との間に何かがあったという種類の、勘違いを。
「あの、違います」
「これはお祝いをしなくてはなりませんねぇ。もう坊ちゃまなんて呼べなくなってしまいますねぇ~」
「あのっ」
「そうと分かれば、大旦那様にご報告しなくては!」
制止する私を振り切るように大きな声で叫ぶと、お婆さんはスキップを踏むような足取りで部屋を出て行った。慌てて追いかけようと私も部屋を出たのだけれど、お婆さんはあっという間に消えて、どこに行ったのかわからなくなってしまった。
ど、どうしよう……勘違いされているわ……。
ええと、でもきっと若旦那様が直接否定してくださるはずよ、だってこんな話が広まったらこのお
借金を背負っている私と関係があるなんて……。
しばらくすると侍女の方が二人現れて、すごい速さで私の身なりを整えていった。なぜこんなことになっているのか考える間もなくされるがままになっていたら、大旦那様から朝食を共にするよう呼ばれていると告げられた。
……これもあのお婆さんの勘違いのせいなのかしら。
肝心の若旦那様は、いつの間にかいなくなっていた。
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「エドアルド、今日はずいぶん顔色がいいではないか」
大旦那様と呼ばれている体格の良い中年の男性が、席に着くなり私の隣席の若旦那様に声をかける。この大旦那様がベスフィーオ伯爵様なのだろう。エドアルドというのは若旦那様のお名前のようだ。
まだ雇ってもらえたわけではないけれど、覚えておかなくてはいけないわ。
「ああ、頭がすっきりしてるし気分もいいよ」
若旦那様のその言葉は、また微妙に周りの人を勘違いさせたようだった。あのお婆さんも、給仕の女性も、壁際に控えている侍女の方もみんな口元がニヤニヤしていて、私をチラチラと見てくる。
どうして若旦那様は「昨晩は何もなかった」とおっしゃらないのかしら。私ばかりが恥ずかしい思いをするなんて不公平だわ。
今も変に意識してしまって、頬が熱くなっている。
「ルチアナさんといったね、昨晩は大変だっただろう。これからも息子を頼むよ」
はっはっは、と部屋中の空気を揺らすように大旦那様は笑った。私は消え入りそうな声で「はい」と返事をするしかなかった。
違うんです、勘違いなんです。こんな
私、嘘つきと呼ばれてしまうんだわ……。
宝石に手を伸ばしたことだって、まだちゃんと疑いが晴れたわけではないのに。本当にどうしよう。
涙目になってうつむく私に、能天気なベスフィーオ伯爵様の声が聞こえてくる。
「そうなると、客間では良くないだろうな、じい」
「ごもっともです。お部屋を変えていただく必要がありますなぁ」
私はその日のうちに若旦那様の隣の部屋に移動することになった。
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