第5話 出会い
意を決して足を踏み入れた建物の中は、もしかしてここは王宮なのかしら……と疑ってしまうくらいの広さと豪華さだ。
あちこちに花の形をした美しい魔法
ここで待つように、と言われて通された部屋は、私が住んでいた家の部屋を全部合わせても足りないくらい広い。
ソファに腰かければそのフカフカ具合に驚かされ、お茶にさえほのかな甘みがあることに戸惑った。これは今まで飲んでいたお茶とは別の飲み物なのかもしれない。
私の家が貴族としては貧しい方だということはわかっていたけれど、この格差はきっとこのお
………………。
それにしても、誰もここに来る気配がないのはどうしてなのかしら。
この部屋に案内されてからすでにかなりの時間が経っている。私はだんだん不安になってきた。何か手違いがあったのだろうか。もしかして私が来てはいけなかったのでは……。
お婆さんは本物のルチアナが金髪だと知っていた。
もし
自力で王都へ帰るのは難しいだろう。たとえそれができたとしてもあの家に私の居場所などない。
そんなことになったらどうしたらいいの。どうか、私にできる仕事がありますように……。
そう指を組んで祈っていたら、急に部屋の雰囲気が変わったような感じがした。何となく周りをキョロキョロ見回すと、隅の方で何かがチカッと光っているのが見えた。
「……?」
人様の家の中をウロウロするのは淑女としてありえないことだ。そんなことはわかっている。それでもその光は私に何かを言っているように思えてならなかった。
いけないと思っていたのに、はっと気が付いた時には、私はその光の前に立っていた。
壁際の小さな台に、信じられないほど大きな宝石が置いてある。
人の頭ほどの大きさの、薄黄色の宝石。魔法
――こんなに美しいものが、この世にあるなんて……。
無意識のうちに私は宝石へ手を伸ばしていた。
「なりませんよ」
厳しい制止の声が低く響く。
あっと声が出て、心臓が跳ねるのを感じた。私の腕を骨ばった手が強い力でつかんでいる。
あのお婆さんだ。彼女は恐ろしい形相で、つかんだ私の手を引いて宝石から遠ざけた。
「わ、私……」
冷や汗が全身から噴き出てくる。
盗もうとしたわけじゃない。でも、そう思われても仕方のない行動をしてしまった。
金目の物に手を出すような卑しい人間だと思われているに違いない。
――恥ずかしい。消えてしまいたい。
自分の顔がジワリと赤くなっていくのを感じた。
「残念ですが、今日は若旦那様はお忙しく……ん?」
驚いた様子のお婆さんが顔を上げるのと、扉が開く音が聞こえたのは同時だった。誰かが部屋に入ってくる音がする。
「まあ坊ちゃま、よろしいのですか?」
「坊ちゃまはやめろ」
「ああ、若旦那様でした」
そんなやり取りの後、「あれが若旦那様ですよ、ご挨拶を」とお婆さんが私の耳元でささやいた。
扉のそばに若旦那様がいらっしゃるらしい。罪悪感に押しつぶされる寸前の私は、これから出て行けと言われるのだと思うと顔を上げるのが怖くて仕方がなかった。
「初めまして、グラ……いえ、ルチアナ、と申します」
緊張のあまり危うく本当の名前を言いかけてしまったけれど、何とか挨拶することはできたので、私は目を伏せてほっと息をついた。
ところが、いつまでたっても返事がない。
もしかしてもう帰ってしまったのだろうか。
扉の近くにいるはずの若旦那様をチラリとでも確認しようと、私は顔を上げて――目が合ってしまった。
「…………」
驚くほど青白い顔。銀髪と濃い空色の瞳。その白目には血管が赤く浮き出て、目の下にクマがくっきりと付いている。意外にも若くてひょろりと背の高い男性だった。
若旦那様という言葉のイメージとは程遠く、今にも消えてしまいそうに儚く見える。
「……聞いていたのと違うな」
若旦那様はそれだけ言うと、さっさと扉を開けて出て行ってしまった。
想像していたのと違うと思ったのは私もです。……なんて、とても言えないけれど。
もしかして不採用ということなのかしら……。
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