第4話 ちょっと怖い
――愛されていなかったわ。
暗い馬車の中で揺れに耐えながら、私はぼんやりと思い出していた。
幼い頃からお父様は、お母様が私を構いすぎて体調を崩すと決まって厳しい目を私に向けた。いつしか私はお母様に素直に甘えることができなくなっていった。
お父様が愛しているのはお母様だけなのね。私は違うのね。
否応なしにそう思わされたのを今でもはっきり覚えている。
だからお父様が
お母様を愛していたのではなかったのかと。
でも思い返してみると、私はどこかで期待していたような気がするのだ。お父様が私の部屋の扉を開けて「お前は私たちの大切な子供だ」と言ってくれるのを。
……そんなことは起こらなかったけれど。
寂しくてたまらなくなった時、私はいつもあの金細工の髪留めを取り出しては眺めていた。私と同じ茶色の髪をしたお母様がこの髪留めを使っていたのを思い出しながら。
これはかつて私を愛してくれたお母様が確かに存在していた証なのだと思うと、少し心が穏やかになった。
無い物ねだりなのかもしれないけれど、私はずっとお父様からの愛情も欲しかったのだと思う。
そうでなければ、こんなに哀しい気持ちにはなっていないわ。
ジジ、ジジ……と何かが動いているような小さな音がしている。
手のひらが少し冷たい。
「……何と?」
「グラーツィア……、……」
「ああ、やっぱり……」
ボソボソと聞こえる小さな声。誰が話しているのかはわからない。
これは……夢なのかしら。
でも、どうしてその名前を……?
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「ヒッヒッヒッ……」
「グフォッグフォッ……」
危険な動物の鳴き声だわ。うっすら目を開けてみると、いつの間にか馬車のドアが開いていた。外から差し込んできた光が暗闇に慣れた目には眩しかった。
その光を遮るようにして誰かが近くにいるのだけれど、逆光になっていてよくわからない。
目が慣れてくると、さっきのお婆さんと、見知らぬお爺さんが並んで私のことを見おろしているのがわかった。二人ともどこか不気味な笑みを浮かべている。
私は怖くなって思わず後ろに下がろうとした。でも座席の背もたれに当たっただけで何にもならなかった。
「ヒッヒッヒッ、着きましたよ」
「グフォッグフォッ、お荷物をお持ちしましょう」
お婆さんは私の手を取り、お爺さんは私の汚れたカバンを持って言う。
あの動物のような声はこの二人の笑い声だったのだ。
不安のせいか私の喉は凍り付いて喋ることができなくなり、二人に促されるまま馬車を降りることになった。
辺りはすっかり暗くなり、夜になっているようだ。
さっきの眩しい光は、馬車を降りてすぐの立派な建物の周りにある魔法
魔法
とても高価なので貴族でも持っている人はあまりいないらしく、当然我が家にはなかった。
それがこんなにたくさん並んでいるなんて、どこの大貴族のおうちなのかしら。
「ベスフィーオ伯爵様のお屋敷でございますよ」
私の考えを見透かしたような顔をしてお婆さんが言う。
「えっ……?」
そんなことがあるのだろうか。
私の住んでいた家は王都の貴族街にあった。王都からベスフィーオ伯爵領までの距離は、馬車に半日乗っただけで着くようなものではない。眠れるほどの速度で進む馬車なら二十日はかかるはずだ。
それはあのルチアナでも知っているくらいの常識で、だから彼女は私に『二度と会うことはない』と言ったのだろう。
「……ああ、長い道のりを短縮できる特別な魔道具があるのですよ。ここだけの秘密ですが」
お婆さんは神妙な顔でそう言うと「さあ、さあ」と私の手を引いて歩き出す。どうもお婆さんの話し方が初対面の時より丁寧になっているような気がした。
私はこのお婆さんたちが嘘をついて私を騙そうとしているのでは、と心配になった。しかしお爺さんに荷物を持っていかれてしまったので、返してもらうためについて行かざるを得なかった。
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