第3話 追い出される
翌朝、私は朝食もとらないうちに小屋を追い出された。自分でまとめた荷物を外へ放り投げられて。
「早く出て行きなさいよ、迎えの馬車が来てるってのに! どんなことさせられるのか知らないけど精々頑張ってねえ! まあアンタとはもう二度と会うことはないだろうから、仕事ぶりが見られなくて残念だわ!」
複数の人間のクスクス笑う声と共に、
土のついたカバンをのろのろと拾い上げ、私は唇を嚙みしめた。
生まれ育った家からこんな風に出て行かなくてはならないなんて。
私は特に大切に育てられてきたわけではないけれど、今までこういう扱いを受けたことはなかった。
ずっと一緒に過ごしてきた使用人たちは、こんなに落ちぶれた私のことを何と思っているだろう。みっともないと陰口を叩いているのかもしれない。そう考えただけで気持ちが沈んで浮かび上がれなくなる。
私はただ足を前へ動かして、遠くに見える門から出て行くことだけを考えるようにした。
「お嬢様」
だから、後ろから聞こえてくるモリスの声にも、私は振り返ることができずにいた。
「お嬢様、これを……」
呼吸を乱したモリスが私の近くまで来たのを知って、恐る恐る後ろを見ると――
モリスの手にはお母様の遺品の髪留めが握られていた。
「ジーナが、あの連れ子に『この髪飾りは、あなたの髪と同じ色だから、目立たないのでは』と、言ってみたそうです。そうしたら彼女は怒って、これをジーナに投げつけてきたと。要らないようですから、お嬢様がお持ちになっても問題ないでしょう」
私の目から、昨晩よりも熱い涙が溢れる。
きっとジーナは私のためにこの髪留めを取り返してくれたのだ。こんな私のために行動してくれた人がいるということがたまらなく嬉しかった。
「ジーナに……感謝していると、伝えて」
「お嬢様」
モリスは背すじを伸ばしたいつもの姿勢で私に頭を下げる。
「私も今からこのお屋敷を去る身です。どうかそのお言葉は、いつかお嬢様が戻られた時にでも聞かせてやってください」
……そんなの、無理よ。
嬉しい気持ちがみるみるうちにしぼんでいく。私は小さく首を横に振り、モリスに背を向けて再び歩き出した。
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門の外には二頭立ての黒い馬車があり、その傍らに背の低いお婆さんが立っていた。
お婆さんは私を見るなりシワのある顔をしかめる。
「ルチアナというのは、あなた?」
「…………」
ハイともイイエとも答えられず、私はうつむくようにして頷いた。
「ふーん、金髪って話だったけど?」
お婆さんは私の周りを回りながら上から下までジロジロと見る。
「……それは、あの、“グラーツィア”の……ほうで」
「それに支度金を渡してあるのに、なんか薄汚れた格好だねえ」
私のつぶやきはお婆さんの大きな声にかき消された。
同時に、私の胸に苦いものがこみ上げる。おそらくモリスは何かのお金を預かっていたのだろう。それをあの
たぶん……取られてしまったんだわ。
けれどこのお婆さんにそれを言うのは身内の恥をさらすようなものだから、私は黙っているしかなかった。
「まあ細かいことは後でいいか。さっさと乗って」
どんどん気分が沈んでいく私を、お婆さんは追い立てるようにグイグイ押して馬車へ乗せる。私に続いて乗り込んだお婆さんは大きな音を立てて扉を閉めると、合図のように前の壁を叩いた。
ギイー……と軋む音を立てて馬車が進み出す。
なぜか馬車の中は真っ暗だった。
座席は柔らかくて座り心地がいい。でも暗すぎるような気がして落ち着かない。
私の不安な気持ちが伝わったのか、お婆さんは扉に付いている窓を少しだけ開けてくれた。
隙間から細く差し込む日の光に照らされて、お婆さんの顔が不気味に笑っているのが見える。
いつか何らかの労働から解放されたとしても、私がこの家に戻ってくることは……ないのだろう。
私は暗い想いを抱いたまま、もはや泣くことすらできなかった。
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