第17話
京子は籠宮曜子に案内されて、屋敷の中を隅から隅まで探索し終えたが、佐々木秀司に関する痕跡の一つでさえも見つけることが叶わなかった。
そして日が暮れてきた為に、京子は諦めざるおえなくなった。籠宮曜子と共に屋敷の扉から外へと出て、入口の門へと続く道を彼女にエスコートされながら歩いていく。
「もしも、秀司くんに関する手掛かりを掴めたら必ず連絡をくださいね。京子さん」
「ええ、当然です」
籠宮曜子と連絡先を交換し合った。
この籠宮邸に佐々木秀司がいるとは到底思えなかったが、全ての疑惑が晴れた訳ではない。
七瀬翔子の言っていた“黒い鳥籠”は、この屋敷の中で何度も見かけた。
黒い鳥籠は実在していたのだ。
黒い鳥籠と、中で飼われている
それでも、間違いなく籠宮曜子は佐々木秀司の行方を知っているという確証のようなものを感じた。
この女は間違いなく何かを知っている。隠している。世間を、私たちを欺いている。
必ずあなたの化けの皮を剥がしてみせる、と決意を改めた京子は、これからも佐々木秀司を探し求めるだろう。
彼女は電話越しに確かに感じたのだから。
佐々木秀司との変わらぬ愛を──。
「籠宮さん。私は必ず秀司を見つけてみせます。何年かかっても必ず」
「彼のことがそんなにも大切なんですね。
でも、もしも仮に秀司くんが変わり果てた姿になっていたとしたら──貴女に彼を見分ける自信はありますか?」
「何ですか、その質問……」
「秀司くんが失踪したのが、彼個人の意思であったのなら、彼は変装しているかもしれません。顔を変えているかもしれません。それでも貴女に彼を見分ける自信はありますか?」
微笑みかけてくる籠宮曜子が何故そのような質問を投げ掛けてきたのかが分からない。ただし、何かを試されていると感じた京子は、
「私は彼がどんな姿になったとしても見分けれますよ。私は秀司を愛しています。どんな姿になっても彼を見つけてみせますから」
京子は宣戦布告をした。
佐々木秀司の失踪に関わっているであろう籠宮曜子に向けて、自身の変わらぬ愛情を伝えて、いずれは籠宮曜子の全てを白日の元に曝すことを誓った。
──秀司はこの女に騙されていただけだ。そこに愛情は無かったに違いない。再会することが叶えば、彼も私を選んでくれるだろう。
そう確信した京子は籠宮邸を去る間際、屋敷の方へと振り返った。
そして、数多ある白い窓の一つ、その窓際に置かれた黒い鳥籠と──小さな
「どうかしましたか?」
「いいえ、何でも」
他の
背中越しに門が閉まる音が聞こえてきた際に「──おとぎ話みたいには、いかないのね……」と、小さく独り言を呟いた籠宮曜子が屋敷の中へと戻っていく。
奇妙な話ではあるが、京子はなぜか籠宮曜子のその言葉の響きから、はじめて彼女の人間らしい部分の一端のようなものを垣間見た気がした。
去り行く籠宮曜子の背中を見送って、京子もまたいつもの日常へと戻る為に屋敷を後にすることにした。
「大した収穫は無かったけど……もう帰らないと。あの子がお腹を空かせてる頃だろうし……」
タクシーを呼ぼうとして、携帯電話を手に取った京子は待受画面を見て口角を緩める。
──秀司と再会を果たすことができたなら、この子の名前も変えないといけない。秀司もきっと喜んでくれる。大切にしてくれる。この子は二人の愛情の証になってくれるだろう。
「今から帰るからいい子にして待っててね。シュウジ」
待受画面に映し出された鳥籠の中にいる文鳥の写真を見て、京子は静かに微笑んだ。
京子は佐々木秀司との失恋の痛手を紛らわせる為に、一年間前から文鳥を飼い始めていた。かつての恋人の名前をつけた愛らしい声で鳴く文鳥のシュウジ。
鳥籠の中に閉じ込めて飼うもう一つの最愛の存在。大切な彼女の小鳥。
もうすぐ羽切り──クリッピング──をして一年が経過する。飛行能力が以前のように回復してきた。またクリッピングをしてあげないといけない。
──もう二度と失わないように。
どこにも飛んでいけないように。
大切にしてあげないと。
そうだ。秀司が帰ってきたら、今度こそ互いのことをもっとよく理解し合おう。話し合おう。
当然を疑おう。二人にとっての、二人だけの当然を紡いでいこう。
この多様な価値観と選択の自由で溢れかえった閉塞的な自由社会──ひっくり返ったサラダボウルのような鳥籠の世界を共に生きていこう。
二人にとっての自由とは何か、
不自由は何か、互いの意思を尊重し合い、
互いに何をクリッピングすればいいのかをきちんと話し合って決めよう。
私たちは今後こそ理解し合える。
きっと、そう──。
こうして二人は互いの日常へと、互いの鳥籠の元へと戻っていった。
黒い鳥籠と青い鳥籠。それぞれの日常。それぞれの非日常。それぞれの自由。それぞれの不自由の為に──家路を急いだ。
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