第16話
籠宮邸はとてつもない広さだった。
壁も床も大部分が純白を基調とした色で統一されていて、エントランスホールまで備えられている。
屋敷というよりは、まるでおとぎ話に出てくる城の中を探索しているような気分にさせられた。
それに、この籠宮邸の主である籠宮曜子は写真で見るよりも、遠くから監視した時よりも、やはり身近で見るとなお美しかった。
佐々木秀司が彼女に魅了されて恋人になったのも無理もない話だと、山本京子は心の底から実感できた。
「秀司くんの行方は……まだ分からないんですか?」
屋敷の中を案内する籠宮曜子は憐憫の表情を浮かべながら、山本京子に尋ねてきた。
「はい……。まだ手掛かりでさえ掴めなくて」
「秀司くんは一体どこに消えてしまったんでしょうね……」
白いハンカチを取り出して、口許に当てた籠宮曜子は、安否の分からない佐々木秀司の身を案じているように見える。
「私はあの日、秀司くんと二人で手を繋ぎ合って彼の自宅まで帰ろうとして──でも」
──佐々木秀司は行き先も告げずに行方を眩ましたのだ。公園で彼を待ち続けた彼女が、諦めて籠宮邸に帰ると──屋敷が荒らされていた。大切にしていた宝石のいくつかが盗まれていたのだ。
「私は今でも秀司くんのことを信じてるんです……。あの人が私を騙していただなんて。そんなこと──」
まるで悲劇のヒロインのように瞳を潤ませて、目元の涙をハンカチで拭った籠宮曜子は、
「京子さん。必ず秀司くんを見つけましょうね。彼が潔白な人間だと──私たちで証明してみせましょう」
京子の掌を握りながら、涙ながらに訴えてくる籠宮曜子は純真な心の持ち主のように思えてしまう。山本京子は心を揺さぶられてしまう。けれど、
「本当に秀司がいまどこにいるのかを、貴女は知らないと胸を張って言えるんですか」
京子は知っている。七瀬翔子を通じて、彼女が魔女のような、悪魔のような人間であることを──。
京子は籠宮曜子の手を握り返して、強い意思で彼女を睨んだのだが、
「当然です。秀司くんの行き先なんて私には想像もできません」
籠宮曜子は口角を緩めて肩を竦めた。
自らが潔白な存在であると疑いすらしていない。
もしも、籠宮曜子が嘘をついているのだとしたら、紛れもなく彼女は悪魔だ。
ファウストを誘惑したメフィストフェレスさえ霞む邪悪の化身だと、京子は密かに戦慄した。
「それと、もう一つ聞いてもいいですか」
「何でしょうか?」
「この屋敷のいたるところにいる、
籠宮邸のエントランスホール。廊下。庭園。豪華絢爛な部屋の数々。そのいたるところに、黒い鳥籠を見かけた。数えきれない数の
「寂しさを紛らせる為ですよ。あの子達は、私にとって大切な恋人同然の存在なんです。病めるときも、健やかなるときも、私と共にある最愛の存在。私にとっての自由そのもの──」
まるで恋する乙女のように、頬を紅潮させて鳥籠の中の
「ああ、なんて美しいのかしら──」
籠宮曜子がそう呟くと、春の訪れを祝福するように、屋敷の中にいる
美しい讃美歌を響かせるように、救世主を讃えるように、ただ美しく。
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