第15話
翌年の二月。
彼女は約束の時間になると門の前に立ち、白い屋敷を囲う高い塀を見上げていた。
籠宮家の屋敷──籠宮邸──の入口には黒い鉄柵のアンティークな装飾が施された門があった。
黒い鉄柵の両端には白い天使の彫刻が配置されている。ただし、天使の頭には悪魔のような角があった。
そのせいで、天使の彫刻がまるで純真な悪魔のようにも映し出されてしまい、籠宮邸の入口は、天国の門にも、地獄の門にも、いずれにも見えてしまう。
訪れる者によって異なる印象を与える門の前に立ち、彼女は──
山本京子が籠宮曜子の屋敷を訪れたのは、これが二度目になる。
今から二ヶ月ほど前の十二月の下旬。警察が籠宮曜子の住む屋敷を捜査することになった。その時、京子はその様子を屋敷の外から固唾を飲んで見守っていた。その日以来だった。
佐々木秀司が消息を断ってから、既に二ヶ月が経とうとしていた。
佐々木秀司は誰にも行き先さえ告げずに、仕事仲間にも、友人にも、両親にでさえ、何も告げずに消えてしまった。まるで神隠しだ。
第三者による、佐々木秀司の最後の目撃証言は、彼が最寄り駅から恋人の籠宮曜子と二人で歩いている姿だった。
ただし、籠宮曜子は佐々木秀司が携帯電話で誰かと話をした後で、一人で駅へと引き返したと証言したと言う。
嘘だ。絶対に出鱈目だと京子は思った。
佐々木秀司と連絡が途絶えてしまい、彼が失踪してから二三日が経過した頃。
七瀬翔子と共に山本京子は、佐々木秀司の自宅から近い警察署へと駆け込んで、警察に訴えた。
佐々木秀司の捜索願いと──籠宮曜子は佐々木秀司の失踪に関わっている可能性があるのだと。
ところが、対応した警察官は慣れた様子で苦笑いを浮かべると、
「ああ、籠宮曜子さんですよね。実はつい先日、籠宮曜子さんご本人から我々も被害届を受け取っていましてね。大切にしていた高価な宝石がいくつか……盗まれたそうなんです。時期は……ああ、佐々木秀司さんが失踪した日時と全く同じタイミングのようですね」
京子はあまりの腹立たしさから怒鳴り声をあげてしまいそうになった。
対応した警察官は佐々木秀司がその宝石を盗んで逃げたと疑っていたのだ。
それから婦警の一人に宥められた二人は、呆れた様子の警察官から、
「分かりました。我々もちょうど籠宮さんのご自宅に伺う予定がありますから、その時に不審なものがないかを調べるようにしてみます」
その警察官が籠宮曜子の自宅に向かうというのは、宝石の盗難被害届を受理したからであって、籠宮曜子が佐々木秀司を誘拐した痕跡を探すつもりは、あまりない様子だった。
それから、山本京子と七瀬翔子は二人で丸二三日、交代で籠宮邸を見張ることになった。
山本京子が見張り役をしている時に、警察のパトカーが籠宮邸の前に停車して、中から出てきた警察官二人が、入口のチャイムを鳴らした。
すると、しばらくして大きな屋敷の中から一人の女性が出てきた。籠宮曜子だ。
警察官二人と籠宮曜子がどのような会話をしているのかは遠くから見守ることしかできない京子には聞き取れなかったが、
籠宮曜子は、二人の警察官を屋敷の中へと招き入れた。
京子は祈った。何か手掛かりの一つでも見つかることを望んだのだが、一時間もしないうちに警察官二人は屋敷から出てくると、パトカーに乗って籠宮邸を立ち去っていった。
翌日。二人は警察署を訪ねて捜査の内容を知ろうとしたが、守秘義務があると突っぱねられてしまい、それ以上の追求を拒まれた。
落胆した七瀬翔子と山本翔子が警察署を去ろうとした時。二人は確かに複数人の小さな話し声を聞いた。
『籠宮さん。本当に気の毒だな。ご両親を亡くしてから、こんな事件ばかりに巻き込まれて……』
『ああ、全くだよ。孤独な身の上の女性から金銭を巻き上げようとする連中が後を絶たないなんて、不幸なことだ』
籠宮曜子を以前から知っていたらしい警察官複数人は、籠宮曜子に同情的な様子で、彼女を疑うつもりなど端からなかったのだ。
二ヶ月近くが経過しても、依然として佐々木秀司の行方は分からなかった。
警察は佐々木秀司の捜索願いそのものは受理してくれたが、積極的に捜査はしてくれなかった。
だから、山本京子は自ら動くことにした。
何か手掛かりになるような話を聞きたいと、籠宮曜子に協力をあおいで彼女の住む屋敷を再度訪れることにしたのだ。
「こんにちは。はじめまして。山本京子さん」
「こちらこそ、はじめまして。籠宮曜子さん」
籠宮邸から出てきた籠宮曜子と挨拶を交わした山本京子は静かに息を呑んだ。
七瀬翔子に何も告げずに、籠宮曜子の屋敷を自ら訪れて、彼女と直接対峙することにした。
かつての恋人を取り戻す為に。
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