第14話
籠宮曜子はそれから魔女として行使できる自身の魔法について、ひとつひとつ丁寧に説明をしてくれた。
まず、籠宮曜子は自由を渇望する人間を見分けることができるそうで、対象となる人間は彼女が“黒い鳥籠”を持っているように視えてしまう。
彼女は、その相手の心をある程度は見透かすことができる。
また魔女の性質所以なのか、大抵の人は、男女例外なく彼女に魅了されてしまうことが多いそうだ (籠宮曜子は人の心そのものを操ることは自分にも到底できないことなのだと、何度もくどい位に説明してきた)。
そして、黒い鳥籠を視認できる人間が、自由を渇望する人間が、彼女に誓いの言葉を口にすると、その人物は
私が魔女として使える魔法は限られているの、と話し続ける籠宮曜子は饒舌そのものだった。
彼女は誇っていた。魔女としての
彼女は信じていた。人を
「あ、もしかして、秀司くんは私が悪い魔女で、貴方を捕らえて残酷な仕打ちをしたりするとか思ってたのかな。そんな酷いことする訳ないでしょう。ふふ」
黒い鳥籠が置かれた机の上に肘を付いて、掌に頬をのせた籠宮曜子は、屈託のない笑顔のまま、鳥籠の檻の隙間へと人差し指を入れて、
(ふざけるなっ!)
「痛っ!」
激昂した佐々木は嘴で籠宮曜子の指をつついた。悲鳴をあげた彼女は指を引っ込めてしまう。
(俺の体をこんな風に変えて、何が酷いことはしないだ。お前がやったことは誘拐や詐欺と同じじゃないか)
佐々木はこう思った。
籠宮曜子は狂っている。
人間を
自由を望む人間の心を篭絡して鳥籠に閉じこめることを善意でやっている。
純真な邪悪。天使のような悪魔。
彼女は人に自由を与えるように見せかけて、不自由な鳥籠に閉じこめる魔女だった。
(いいから俺を元の体に戻してくれ。君に良心が少しでもあるのなら──)
佐々木は自由を望んだ。鳥籠からの解放を、人間として生きる権利を返すように訴える。
ところが、
「人間に戻ろうと思えば戻れるけど? 秀司くんたら、私が貴方に選択の余地を残さないような酷い女だと思ってたのかな。ふふ」
彼女は笑った。自分がそんな惨いことをする人間だと思われたという事実を嘲笑った。
籠宮曜子は赤い風船のように、ぷっくりと膨らんだ人差し指の先の血を口に入れて舐めとると、
「でも、本当に戻りたいの? 私に自由を求めて誓いの言葉まで口にしたのに……」
少し拗ねた様子の籠宮曜子に、鳥籠からの解放を懇願する佐々木は翼を何度も羽ばたかせた。
(あるなら教えてくれ! 俺は人間に戻りたいんだっ!)
「へえ……」
そう呟いた籠宮曜子は、黒い鳥籠ごと抱き締めて籠の中の佐々木を見つめる。その瞳はどこか冷めきっていた。
「ほら、ここ。扉があるでしょう。この黒い鳥籠は貴方が生み出した鳥籠だから当然逃げ道だってある。もちろん誰が生み出した鳥籠でも、例外なく入口も出口もあるの。
だから、秀司くんが本当に人間に戻りたいのなら、嘴でこの扉を開けて出ていくだけでいいの。それだけで魔法は解ける。ほらね、簡単でしょう」
籠宮曜子は、鳥籠に備えられた扉を指でいとも容易く開いてしまう。何の躊躇いもなく、何の躊躇さえもなく。
外に出れば自由になれる。そう考えた佐々木は半開きになった扉から一目散に飛び出ようとした──が、
「でも、注意事項が一つだけ。人間に戻ったら、私はもう貴方を守ってあげられない。当然だよね。鳥籠の外に出た
まるで興味を失ったかのような冷たい眼差しで、鳥籠に捕らえられた佐々木を一瞥した籠宮曜子は、立ち上がり窓の方へと歩いていくと、
「──さあ、どうぞ。この美しい青空へと羽ばたいてみせて。どうしようもなく不自由で、貴方を束縛してきた、慣れ親しんだ青い鳥籠の世界へと……飛び立ってみせて」
籠宮曜子は出口を指し示すように掌だけを窓の外へと向けた。外は晴天。雲ひとつない美しい青空が広がっている。二羽の鳥が自由に空を飛んでいる光景が、
「秀司くんは私に望んだよね。不自由の中の自由を渇望した。さあ、君にとってはどちらの鳥籠が貴方が貴方らしくいられる場所なの。自由なの。黒い鳥籠と青い鳥籠。二つの鳥籠はどちらも不自由で、どちらにも自由がある──」
「──貴方はどちらがお好み?」
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