第13話
(あ、あれ……)
佐々木秀司の意識が戻る。瞼を動かすと色鮮やかな世界の色と黒い世界の色が交ざりあい、視界が点滅する。
(ここは……どこだ……)
周囲を見渡す。檻だ。黒い鉄柵に囲まれた世界。見上げる。天井は丸かった。周囲を覆う黒い鉄柵が天蓋の一点に収束するように曲がっていて、この世界を真っ黒く染め上げている。
巨大な檻の中には、黒いステンレス製の巨大なカップがあり、透明な水が入れられている。下を見る。
(な、なんだ……こ、これは俺の脚なのか。嘘だろ……)
佐々木は細長くて丸い木の枝の上に立っていた──が、脚がとてつもなくか細い。それも朱色。それも鉤爪がある。これではまるで──
「あ、もう起きたのかな。おはよう、秀司くん」
籠宮曜子がいた。
黒い鉄柵の外側で、白い装飾が施された引き違い窓を開けたばかりの彼女は、佐々木が目覚めた事に気がついて、振り向いた。
風で靡くシルクのカーテンを手でそっと撫でて、微笑む彼女は、相変わらず漆黒のドレスを着ている。
いつも変わらず彼女は美しい。
ただし、佐々木の瞳に映し出されて近づいてくる彼女の等身がおかしい。
まるで巨人だ。佐々木の身長をはるかに凌ぐ大きさだった。佐々木自身は一瞬、遠近感が狂ったのかと思った。
だが、違った。籠宮曜子が巨大になったのではなかった。小さくなったのは佐々木の方。彼は、黒い檻の外にある丸い鏡に映し出された自らの姿を見て、驚愕した。
黄色い小鳥。黒い鳥籠と
(あ、ああっ! 何だこれは一体どうなっているんだっ。誰か、誰か助けてくれっ!)
叫び声をあげる。怯え、狼狽え、狂気に取り憑かれたかのように暴れてしまう。鏡の中の、黒い鳥籠の中の、金糸雀が翼を羽ばたかせて絶叫した。
それなのに、どれだけ叫んでも鳥の鳴き声しか聞こえてこない。腕を動かそうとする。指の感覚がない。羽根音と共に翼が羽根を散らす。黒い檻の中は黄色い羽根が飛び散って狂気で満ちていく。
「秀司くん、まずは落ち着いて欲しいの」
慈愛に満ちた相貌で近づいてくる籠宮曜子に佐々木秀司は、
(君がっ、お、俺を、
佐々木秀司は黒い鳥籠の中にいた。
彼の体はもう人間ではなかった。
佐々木秀司は
鏡に映し出された
「うん、そうよ。実は私ね。魔女なの。信じられないかもしれないけど、死んだ母が魔女の家系でね。私も少しだけ魔法みたいな力が使えるのよ。とても素敵でしょう?」
七瀬翔子の言葉通り、籠宮曜子の正体は魔女だった。それも彼を
信じられないが、受け止める他なかった。何故なら、佐々木の体は
それでも、この現状を全て受け止めることは困難極まりなかったが、籠宮曜子と冷静に話さなければならない。佐々木は発狂しそうになりながらも落ち着きを少しだけ取り戻すと、
(俺をずっと騙してたんだな……。俺を鳥籠に閉じ込めて捕らえる為に俺に近づいて……。君はそうやって沢山の人間を
──佐々木は事ここに及んで、事態をようやく呑み込み始めている。
籠宮曜子の正体は魔女──いや、悪魔だった。彼女の学生時代に失踪したという生徒たちも
甘い言葉で誘惑して、人を鳥に変える不思議な力を宿した魔女。それが籠宮曜子だったのだ。
(俺を……殺すのか? それとも……)
佐々木は恐ろしくなった。籠宮曜子が佐々木を
最良の伴侶を求めていた佐々木の心を篭絡して虜にして、その果てに彼女は何を望むのか。暴れる気力さえ削がれた佐々木は大人しく静まりかえってしまう。
ところが、肩を竦めた籠宮曜子は、
「騙すような回りくどいことをしたことは謝るね。ごめんなさい。でも、私は秀司くんの望みを叶えてあげただけだよ」
(何を言い出すんだ。俺はこんな獣になることを望んでなんか……)
「いいえ。貴方は望んだの。だから、黒い鳥籠が視えたでしょう? 私は確かに魔女だけど……“黒い鳥籠”が視える人──つまり、“永遠の自由”を望んだ人しか
もっと正確にいうと、鳥籠が視える人が――不自由の中に“永遠の自由”を渇望した人が、私に誓いの言葉を口にするとね、
「とおおっても、素敵な魔法でしょう?」
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