第12話

「──それなら、“私が秀司くんを愛していない”って言ったらどうする?」


 籠宮曜子はまたしても佐々木秀司を試してきた。

 痛々しい薔薇の棘のような残酷な言葉を紡いで、甘い毒を佐々木の耳元で囁いて流し込もうとする。

 ところが、


「それでも構わないよ」

「どうして? 私よりも秀司くんが以前交際していた恋人の方がきっと私よりも、貴方を大切に想ってくれるかもしれないよ。彼女は貴方を心の底から愛してくれるかもしれないのに。それでも?」

「それでも君がいいんだ。そこに愛が無くても、君といたい。曜子でないと駄目なんだ……」

「それなら今度こそ、私のものになってくれるのね」

「ああ、もう迷わないよ──」


 すると、ようやく籠宮曜子が抱き締め返してくれた。佐々木は安堵した。高鳴る心臓の鼓動が静かになっていき、この上ない安息と解放感で満たされていく。


「秀司くん。それならもう一度──いいえ、今度こそ誓ってくれるよね」


 佐々木から体を離した籠宮曜子は、

「なら跪いて。私に“永遠とわ自由じゆう”を誓って──」


 掌の甲を差し出して、接吻をするように佐々木に促してくる。


 夜の月明かりと街灯の光に照らし出された寒空の下、佐々木秀司は跪いた。光の輪の中で、籠宮曜子の掌を握り締めながら、薬指に嵌めた結婚指輪を一心に見つめる。


 そして次に、佐々木は満月を背にした籠宮曜子を仰いだ。天使のような慈愛に満ちた表情の彼女は甘く優しい声で告げてくる。


「──病めるときも、健やかなるときも、あなたは永遠の愛を誓いますか」


 なんて美しい女性なのだろう。幸福を噛み締めるようにして微笑み語りかけてくる籠宮曜子はまるで、


「──“永遠とわ自由じゆう”を捧げることを誓いますか」


 悪魔のように、魔女のように美しかった。


「──誓います」

 そう呟いて、佐々木秀司は籠宮曜子の薬指に接吻をした。

 唇と薬指の指輪が触れる。騎士が主に忠誠を誓うように、頭を垂らして服従を誓った。


 “永遠の自由”を籠宮曜子へと捧げる為に──。


「え、あ、あれ。な、んで──……」


 ところが、突如として佐々木の意識が歪んだ。

 視界が揺れる。耳鳴りがして、足元が覚束なくなってしまう。


「──ああ、これで、やっと美しい金糸雀カナリアが手に入った。ふ、ふふ、うふふ」


 最愛の女性の静かな笑い声が聞こえてくる。

 佐々木の意識が薄れてゆく中で、地面に倒れこみながら、夜空に浮かぶ月と籠宮曜子の顔をもう一度仰ぐ。


「ああ、そうか……。それが君の本当の素顔だった、のか──」


 籠宮曜子と月に見守られながら、佐々木の意識が瞼と共に黒く閉ざされていき、いままさに途切れようとしている。


 ぽた、ぽた、ぽた。瞼を閉じた彼の頬に冷たい感触が伝っていく。雨が降ってきたのだろうか、それとも雪だろうか。いずれの雫なのかは、佐々木にはもう分からなかった。


「ああ、私はなんて幸せなんだろう──」


 聖夜を祝福するかのように、最愛の女性が自らの幸福を噛み締めている。

 その声を最後に佐々木秀司の意識はこの世界から完全に切り離された。

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