第11話
「私はね。本音を言うと、秀司くんが私と彼女のどちらを選んでくれても構わないの。だから、君が望みさえすれば別れてあげる」
「は、何で──……」
唖然となる。籠宮曜子は平然と佐々木との別離を仄めかしてきた。
佐々木の肩口に頭部を乗せたまま、艶めかしい表情で微笑んだ籠宮曜子は、
「──なんて。私がこう言えば、私を選ばなかったとしても罪悪感は感じないでしょう? そうだ。ついでに私へのプロポーズも無かったことにしてあげようか」
籠宮曜子は左手を佐々木の肩に乗せて、薬指に嵌められた結婚指輪を見せつけてくる。そして、佐々木の掌を掴むと、籠宮曜子の薬指に嵌められた結婚指輪を触らせて外させようとする。
ほら、これで心が軽くなったでしょう。
ほら、これで私を捨てても何も憂いはないでしょう。
ほら、はやく私を捨ててみせて。
ほら、潔く私を振ってみせて。
私を愛してると言ったその口で。
私に結婚指輪を嵌めたその掌で。
貴方が手にいれるはずだった不自由の中の自由を──手放してみせて。
「ち、違う。俺は君と別れるつもりなんて──」
でも、君は揺らいだ。
私と彼女を天秤にかけた。
迷ったんでしょう。
私から逃れたいと思ったんでしょう。
「ち、違うっ! 俺は本当に君のことを──」
『秀司……さっきからどうしたの。誰かそこにいるの……』
魔女と呼ばれる婚約者と、
かつての恋人の間で、
確かに佐々木秀司は揺れてしまっている。
籠宮曜子の言う通りに、
どちらがより自由で、どちらがより不自由なのか迷ってしまっている。
自分が本心から愛しているのが、籠宮曜子と山本京子のどちらなのかが──分からなくなりそうだった。
白い息を何度も吐き出して呼吸を荒げる。心臓が壊れてしまいそうなほど脈打っていく。
すると、籠宮曜子が大きく溜め息をついた。
「はあ──……、もういいよ。私への愛情はその程度だったんですものね。迷う程度の軽い愛『嫌だ』った。秀司くんにとって私は、ただの道端に『嫌だ』がる石ころとお『嫌だ』で、気紛れな寄り道で、ジャンクフ『嫌だ』ドをつまみ食いする程度の『嫌だ』た。貴方は私をはじめから、『嫌だ』の少し『嫌だ』愛していなかっ『嫌だ』本当は『嫌だ』自『嫌だ』由『嫌だ』たくないんでしょう」
「いや、だ。そんなの嫌だ……曜子。俺をこれからも君の側にいさせて欲しい──」
佐々木秀司はすがった。
携帯電話を地面へと捨てて、力の限り籠宮曜子を抱き締めた。
逃がさないように、逃げられないように、一羽の鳥を鳥籠に閉じ込めるようにして、彼女を抱き締めた。
佐々木秀司はずっと望んでいた。
選択の自由を尊重するといいつつも、
不自由で、閉塞的なこの社会の中で、
自由を補償してくれる存在を。
この鳥籠のような社会の中で、自由を施してくれる最良の伴侶を求めていた。
自分が過去の過ちを認めてさえも、かつての恋人が──京子が自分の理想に近づいたとしても、互いを理解し合い、歩み寄る余地があったとしても、
きっとそれは籠宮曜子が与えてくれる束縛的な自由とは違う。籠宮曜子はいつも佐々木秀司の望むことを叶えてくれた。
籠宮曜子との関係は、どこか束縛的で、どこか依存的なのに、心は自由そのものだった。
不自由の中にある自由。手放したくない。
もう彼女から片時も離れたくなかった。
『秀司っ! ねえ、どうしたの秀司!? 返事をしてっ!』
「俺が愛しているのは君だよ……。君だけだよ、曜子──」
地面に落ちた携帯電話からは山本京子の声が変わらず響いていたが、佐々木は構わずに籠宮曜子を抱き締め続ける。
ところが、佐々木が籠宮曜子をどれだけ抱き締めても、彼女は抱き返してさえこない。
「──それなら、“私が秀司くんを愛していない”って言ったらどうする?」
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