第6話
十二月のクリスマスイブ。
聖夜が恋人たちを祝福する夜に、
佐々木秀司は、籠宮曜子に告白をした。
プロポーズをした。
高級フレンチレストランで、婚約指輪を渡して、彼女に生涯の伴侶になって欲しいと懇願した。
籠宮曜子は静かに幸せそうに頷いてくれた。
嬉しかった。これでやっと俺は結婚というゴール──あるいはスタート地点に立つことができたのだ。
これでまた一歩リードした。社会に、会社に、両親に誇ってもらえる自分になれる。
負け組ではなく勝ち組。劣っていない。
これからは妻の為に尽くそう。家族の為に尽くそう。会社の為に尽くそう。これでまた社会にとっての有益な歯車として機能することができる。
──でも、
でも、その先は? その先には何が待っている。家族の為に尽くして、会社の為に、社会の為に尽くし続けたその先には何がある……。
いや、今はそんなことを考えるのはよそう。今は曜子との結婚式の日取りや家族への挨拶、色々と決めなくてはならないことが沢山あるのだから──。
二人は電車を乗り継いで、駅から手を繋いで佐々木の自宅マンションを目指して帰っていた。
時刻は夜の九時。一年前に二人が巡りあった公園の近くまで迫っていた。
「そうだ。秀司くん、そろそろ私の家に招待したいんだけど来てくれるよね」
「当然じゃないか。これから俺と君が二人で暮らすことになるんだから」
佐々木と籠宮曜子の二人は話し合った結果、これから彼女が住んでいる籠宮家の屋敷で暮らすことになった。
籠宮曜子の話によると、その屋敷はとても広くて、庭園まで備えられており、朝になると沢山の鳥たちが歌いに来るのだそうだ。
自分には不釣り合いな大きな屋敷。籠宮曜子はそう遠くない将来、子供も産んでくれるだろう。
いずれ生まれてくる自分達の子供が駆け抜けていく姿を想像して、佐々木は期待に胸を高鳴らせた。
「秀司くんが気に入ってくれるといいんだけどね」
「気に入るさ。それに俺は君が側にいてくれるならどんな場所だっていい」
安っぽいトレンディドラマの登場人物のような台詞を吐いた佐々木は、籠宮曜子を──将来の佐々木曜子夫人の肩を抱き寄せて歩く。すると、彼女もまた肩口に頭を傾けてくれた。互いに握りあう掌がより強く結ばれていく。
温かい。口から出ていく息は白く。雪が降りそうな程の寒空の下を歩いているというのに、心も体も温まって満たされていく。
──これから俺と彼女は夫婦になるのだ、と佐々木はこの幸せの絶頂を噛み締めていた。
病めるときも、健やかなるときも、片時も離れずに、彼女と将来を共にして生きていくのだ。
死が二人を別つまで──。
「曜子」
「なあに?」
「愛してる」
まるでトレンディ・ドラマの主人公が吐くような安っぽい台詞だと思った。ただ、この言葉はいつか二人にとって思い出深いものになるはずだ。佐々木はそう考えて、愛を囁いた。
幸福を分かち合いたくなった佐々木は、籠宮曜子の両肩を掌で掴み、彼女を真正面から見据えた。そして、佐々木が望んでいることを察した籠宮曜子は瞼を閉じた。
寒空の下。聖夜を祝福する夜の月だけが二人を見守っている。少しずつ二人の唇が近づいていき……今まさに口づけを交わそうとした時だった。
佐々木の携帯が震えた。コートのポケットが揺れて、二人の逢い引きの邪魔をしてきた。
「いい雰囲気だったのに。とんだ邪魔が入った」
「いいよ。秀司くん、出てあげて。時間はいくらでもあるんだから」
籠宮曜子は頬を赤く染めて、微笑んできた。
折角のムードを台無しにされたけれど、佐々木は気分を害さずに、震動し続ける携帯の画面に目を向ける。すると、
「え?」思わず声を漏らした。
電話の着信の相手は──、山本京子。かつての佐々木の恋人だった。
動揺する。思わず、籠宮曜子の方を振り向いて、彼女の顔を見てしまう。
現在の恋人であり、婚約者となった彼女の前でかつての恋人と電話をすることに躊躇いを覚えて、佐々木は通話を拒否しようとも考えたが、
「出てあげて。私は相手が誰でも、秀司くんのことを信じてるから」
籠宮曜子は、佐々木の心を見透かすかのように、屈託の無い笑顔のまま、電話に出ることを薦めてくる。
──そうだ。何も臆する必要なんてない。京子とはもう終わったんだ。ほんの少し電話をする位なんともない。
意を決した佐々木は電話に出ることにした。
「……京子か?」
『秀司っ! 良かったっ……。出てくれた……』
電話越しに話す山本京子の声は変わっていなかったが、どういう訳か今にも泣き出してしまいそうなくらいの安堵の声を漏らしていた。
「一体どうしたんだ。何をそんなに喜んで……」
『いい、よく聞いて……。秀司がいま交際してるっていう籠宮曜子さん……。その人とすぐに別れてっ。絶対に、はやくその人から逃げてっ!』
「突然何を言い出すんだよ……」
佐々木は山本京子が籠宮曜子を知っている口振りだったので驚かされた。それも、すぐに別れて逃げろだなんて無茶なことを言ってくる。
突然電話を寄越した京子がなぜ怯えながら、籠宮曜子との別離を望むのかも分からない。
「俺とやり直したいとか、そういう話か? だから、俺と曜子を別れさせようとして──」
『今したいのはそんな話じゃないのっ、秀司の身に危険が迫ってるのよ……。いい、よく聞いて。信じられないような話かもしれなけど……籠宮曜子は──』
『魔女なの。その女に関わった人たちは何人も失踪してるのよ。黒い鳥籠を使って人の心を魅了して支配する──人の形をした悪魔みたいな女。それが籠宮曜子の正体なのよ──』
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