第3話
山本京子はいつも主導権を握ろうとしてきた。
束縛してきた。残業続きのハードワークで疲れていても、デートに連れ出すように拘束してくる。できうる限り、自分といる時間を確保して欲しいとねだる。欲張る。
理想的な家族。温かい家庭。それは佐々木にとって安らげる場所であって欲しかった。会社での疲れを癒し、鋭気を養う安寧の場所。
しかし、束縛的な京子と共に家庭を築いたとして、そこに自由と安息はあるだろうか。
二年前の佐々木は悩みに悩んだ。
行き先も告げずに外出をすれば浮気を疑われ、佐々木の生活の全てを管理しようとしてくる。趣味嗜好から生活全般に至るまで、自分好みの男に何度も矯正しようとしてきた。
『その服、秀司に全然似合ってないよ。ほら、こっちの服の方が──』
『今月またこんなにお金使ったの? 無駄遣いし過ぎ。私なら──』
『ねぇ、またあの女の子と会ってたの? 会社の同期だからって……向こうは秀司に気があるかもしれないじゃない。恋人の私の身にも──』
『秀司。今度、私の両親に挨拶して欲しいんだけど駄目? だって、私たちいつまでも若くないし……その、だから、そろそろ、ね?──』
『私の何がいけなかったの? 悪いところがあるなら直すっ……からあっ。お願いだよ別れるなんて言わないでよぉ……秀司ぃ……』
──京子には申し訳ないことをしたと思っている。
けれど、佐々木が彼女と別れた時に感じたのは解放感。自由だった。
心が軽くなったのだ。京子と別れた佐々木は二年ほど独身生活を満喫しながら、仕事に邁進し続ける恋愛とは無縁の日々を送った。
ところが、その束の間の自由にも代償はあった。
『秀司。あなた、いい人は見つからないの? 母さん、あんたのこと心配だわ』
『お前も昇進したんだから、そろそろ結婚して身を固めないとなぁ』
『結婚祝ってくれてありがとうな秀司。次はお前がいい嫁さん見つけろよ』
家庭を持たない自分が、
結婚をしていない自分が、
妻を持たない自分が、
この社会にとって不必要な存在であると扱われているようで、
この世界にとって劣った存在として見下されているような気がしてならなかった。
でも、この社会から、この国から、会社から、家族から、逃げ出すことは出来ない。
生きている限り、適応し続けなくてはならない。一度でも逃げ出せば、負け組と罵られて、社会にとって不要な存在と見なされて、ぞんざいに扱われる。そんなのは……嫌だ。
社会から必要とされたい。負けたくない。社会にとっての有益な歯車でい続けたい。
結婚。家族。子育て。出世。社会で生き続ける限り、国民はそれらを自らに望み続けなくてはならない。国家を存続させる為に。社会を存続させる為に。
選択は個人の自由。けれど社会に有益でない生き方を選択すれば、当然のように白い目で見られる。蔑まれる。糾弾され迫害され続ける。
だから、世間から糾弾される束の間の自由よりも、心の底から安心できる管理された不自由な生き方を望み続けたい──。
だから、佐々木秀司は自身に望む。結婚を、家族を、子育てを、出世を望んでこれからも生きていく。
けれど、だからこそ、やはり妻となる人物からは、過度に束縛はされたくない。
仕事を影で支えてくれる、家庭を温めてくれる、自分だけの帰る場所を優しい場所にしてくれる、そんな生涯の伴侶を──佐々木秀司は望んでいたのだ。
だから、籠宮曜子との出会いは佐々木秀司にとって一つの転換期だった。
彼女と交際を開始して半年以上が経った。佐々木はそろそろ籠宮曜子にプロポーズをするべきだと考えるようになっていた。
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