第2話

「かんぱ~い」


 佐々木秀司と籠宮曜子が巡り合ってから一年近くが経過した翌年の九月下旬。居酒屋の一室で佐々木は大学時代のサークル仲間と共にビールのジョッキをぶつけ合い、再会を祝っていた。


「いぇー、みんな仕事お疲れぇー」

「うちの上司がマジでうざくってさぁ」


 互いに仕事で忙殺される中で、久し振りに会った旧友たちは、仕事の愚痴や近況について報告し合っていたのだが、


「そういえば聞いたぜ。佐々木は新しい彼女できたんだよな」

「ああ、将来は結婚したいと思ってる。まさに理想の恋人って感じの人なんだよ」

「のろけかよ。ふざけんなあ!」


 肘で同輩に脇を突付かれた佐々木は、冷やかされながらも、内心では密かに優越感に浸っていた。

 この飲み会をセッティングしたのは佐々木自身だった。同じサークルに所属していた同輩たちの中には、既に結婚して身を固めている者もいる。

 だが、今日の飲み会に佐々木が声をかけたのは、まだ結婚もしていない独身者たち四五人だけだ。


 心を許せる仲の良い友人にだけ声をかけた──と今宵参加した面々には話していたが、佐々木の本心は少し違う。

 これでお前たちよりも一歩リードした、とかつての仲間たちに“結婚”と“温かい家庭”という未来溢れるこの現状を、見せびらかして己の承認欲求を少しでもいいから満たしたかったのだ。


 中学と高校は受験戦争。

 大学時代は就職活動。

 そして今は同期との出世争い。

 競いあい、妬みあい、蹴落としあう。


 この飲み会にしてもそうだが、佐々木は自分より劣ったと見なした者たちに、自分が少しでも優れた存在なのだと誇示して、優劣を明確にして優越感で己の器を満たしたかった。


 そうしなければ、安堵できない。

 他者を見下して、己が優れた存在だと表明しなければ自分という存在を社会から認めてもらえない気がした。


 俺は社会の歯車として、機能できている。

 付加価値のある存在。俺は誰もが羨む、この社会にとって必要不可欠な、社会にとって欠かせない存在なのだと知らしめることができる。そうやって、佐々木は社会で、会社で、コミュニティの中で己の存在を保ってきた。


「でも、佐々木。勿体ないことしたと思うぜ。山本を振るなんてさ。いい嫁さんになったと思うけどなぁ」


 隣の友人に軽口を叩かれて、佐々木の脳裏に懐かしい人物の顔がよぎる。

 山本京子やまもときょうこは、佐々木のかつての恋人である。

 大学時代のサークルの後輩。三回生の時に交際をスタートして三年間同棲もした。大学を卒業してからも交際を続け、彼女とは五年近く恋人だった。


「ぶっちゃけさぁ、俺らはお前と山本が結婚すると思ってたんだけどなぁ。それなのに何で振ったりするかね」


 こっちにも事情があるんだよ。そう思いながらも苛立ちを押し殺した佐々木は、


「あいつは、ほら、何もかも重かったんだよ。毎日毎日、金を無駄遣いするなとか、飲み会の日は連絡を寄越せとか、俺が買いたい車にまでケチつけてくるし、連絡はもっとマメに寄越せととか、ネクタイの柄が気に入らないとか、あいつの両親に早く挨拶して欲しいとか言って何度も結婚急かしてきたしさ。数え上げればきりがないんだよ」


 佐々木としては友人たちに同意をして欲しいところではあったが、


「いい嫁さんになるじゃん、間違いないって」

「だよなぁ。黙って尻に敷かれとけばいいのに」

「お前のことを大事に思ってたから、色々と細かかったんだろ。それで別れるかぁー?」


 お前たちは何も分かっていない。佐々木は内心でそう毒づきつつ、山本京子との恋愛関係を振り返ってみる。

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