第89話 わちゃわちゃしています


 カメラを搭載したドローンが青空へと舞い上がった。

 工務店のスキルが磨かれた結果、新たに召喚できるようになった便利アイテムだ。

 主に保守点検用に使われる自律飛行が可能なドローンである。

 ナビゲーションカメラが随所についていて、障害物を自動回避してくれる優れものだ。

 屋内巡回だってしてくれるぞ。

 ガダールの街では男性兵士はすべて出はらっていて、残っているのは数十人規模の女性部隊だけだ。

 そのため、偵察の頻度や密度も薄くなっている。

 でも、もう心配はいらない。

 今日からはこのドローンを偵察に使っていこう。

 幸いにしてここは砂漠だ。

 視界を遮るものはほとんどない。

 高度三〇〇〇メートルまで上げてやれば、周囲は簡単に見渡すことができる。

 もっとも、風の強い日は難しいんだけどね。

 運用に関してはフラウガさんに一任するつもりだ。

 フラウガさんを社員にすれば操縦に問題はない。

 偵察はプロに任せればいいのだ。

 僕は工務店として、まずは神殿の修復、それからシェルターを完成させなければならないのだから。


「ヴィオ、そのまま亀裂に沿って下降してみて」

「了解」


 ヴィオを社員にしてドローンの操縦をしてもらった。

 なかなか器用に扱っているな。

 ドローンだけでなく重機の操縦などもヴィオは上手だ。

 これなら任せても問題ないだろう。


「オッケー、その場でホバリングしていて」


 僕はモニターを見つめて、壊れた壁を念入りにチェックした。


「また妙なものを出しましたね。鳥でしょうか? それとも虫?」

「ドローンっていうんですよ、カランさん。…………っ!」


 驚いて振り返ると、すぐそこにカランさんの生真面目な顔があった。


「カラン……さん……」

「お久しぶりです、伯爵。いかがでしたか、私のいない日々は? 人は失って初めて本当に大切な――」

「伯爵ぅ!」

「んわっ⁉」


 むにゅ

 アイネの叫び声がして、大きくて柔らかいものに視界と口をふさがれた。

 うん、懐かしい感触だ。

 さらに大きくなってる……?


「ん~、もう離しませんよ♡」

「タケル様から離れなさい! アイネさん、切って捨てますよ!」


 これはエルニアさんの声だな。


「は、は、伯爵、お薬を用意します! 滋養強壮と日焼け止めと魔力循環と、それから、それから……」


 セティアの涙声を聞けて僕も安心したよ。

 でも、だんだん息が苦しくなってきたな。

 僕はアイネの胸に顔を挟まれたままもがいた。


「いい加減に離れなさい、アイネ。罰を与えますよ」

「はーい……」


 乗馬鞭が空を切る音が響いて、ようやくアイネがどいてくれる。

 視界が戻り、僕は改めて周囲を確認した。

 よかった、みんな元気そうだ。

 でも、少し疲れているのかな?

 砂漠の旅は過酷だったのだろう。


「みんな、久しぶりだね」


 胸の奥から熱いものがこみあげてきて泣きそうだよ。

 でも、僕はそれをぐっと我慢する。


「さっそくですが伯爵、帰還の準備をいたしましょう」


 カランさんはだしぬけにそう言ってきた。


「え、帰るって……」

「ローザリアではみな伯爵の帰還をお待ちしております」

「待て、カラン。タケルは一生私と一緒にいてくれると約束してくれたのだ」


 あ、エリエッタ将軍まで来たぞ。

 一生一緒になんて言ったかな?

 うん、言ってない。


「アイネさん、こちらはどなたですか?」

「エリエッタ・パイモン将軍ですよ、エルニアさん」

「うん? ヤバそうな雰囲気の女だな……」

「タケル様にわがままを言うタイプとみました……」


 将軍もエルニアさんも初対面で視線をバチバチ交わすのはやめてほしい。


「ガ、ガスで鎮圧しましょうか?」


 セティアまで不穏当なことを言っているよ。

 でも、このわちゃわちゃとした感じは懐かしいな……。

 って、エルニアさんとエリエッタ将軍は本気で剣の柄に手をかけているし、セティアも鞄の中をごそごそしているし、突然の修羅場に動揺する僕を見てアイネは大喜びだし、カランさんは巻き込まれないようにとっくに避難しているじゃないかっ!

 のんきに懐かしがっている場合ではないな。


「はい、そこまでっ! 今後の予定を確認するので静かにしてくださいっ!」


 手を上げて立ち上がると、みんなが僕に注目してくれた。

 とりあえず状況を整理しておくとしよう。


「――というわけで、戦況は予断を許しません。シェルターを完成させるまで、僕はこの街に残ります。皆さんは先にローザリアへ帰還してください。あと、ヴィオも一緒に連れて行ってください」


 ゴブリンの脅威があるところに大切な人たち、特に女性を残しておくことはできない。

 そう考えての発言だったけど、僕はフルボッコにされた。


「命令違反になるのでお断り申し上げます。私は伯爵のサポート役ですよ。伯爵をお連れせずに帰ったりしたら、よくて左遷、悪くすれば追放刑です」


 そ、それは大変だ……。


「私もお断りしますわ。ヤンデール人にとっていちばん燃える展開ですので。窮地に陥る伯爵とそれを守る護衛。燃え上がる恋の炎。『エルニア、お前だけがいればそれでいい』『ああタケル様、私もですわ』 砂漠の夕日に二人の影がとけあう。そして、貪るように心と体を求めあう二人……ブツブツ……」


 あいかわらずブツブツ言っているなあ、エルニアさんは。

「燃える展開ですので」の後は、声が小さくてよく聞き取れなかった。


「は、は、伯爵のために死ぬと決めていますから……」


 セティアは大げさ。


「私が伯爵のお世話をしないで、誰がするのです? お風呂の後で背中を拭けていますか?」


 アイネ、僕は子どもじゃないんだから……。

 ヴィオまでが文句を言ってくる始末だ。


「こんなところで放り出す気かよ? 俺は最後まで兄貴に付き合うからな!」


 みんなはテコでも動かないみたいだ。

 これでは仕方がない。


「じゃあ、手伝ってくれるかな? 近日中にダガールのシェルターを完成させるからね!」


 みんなは拳を上げて応えてくれた。


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