第87話 シェルターで過ごす三日間
ガダールで砂嵐は珍しくない。
大小取り合わせてしょっちゅう起こるし、一日のうちに何度も発生することだってある。
だけど、その日の砂嵐はスケールが違っていた。
いつもより風はずっと強く、舞い上がる
砂嵐の発生時、僕とヴィオはシェルターの内装工事をしていた。
きのした魔法工務店が作るシェルターの気密性は完璧だ。
外で嵐が猛威を振るっていても、内部では物音ひとつしない。
気が付いたときはもう手遅れで、僕らは宿に戻ることはできなくなっていた。
閉じ込められたのは僕とヴィオだけでなく、ムーンガルド軍のフラウガ隊長も一緒である。
ちょうど、僕らの様子を見に来ていたのだ。
防犯カメラで外の様子を確認したけど、まともな映像は見られなかった。
昼間だというのに外は真っ暗で、モニターにはリアル砂嵐しか映っていなかった。
「すごいですね。いつもこんな感じですか?」
「ここまで大きなのはめったにないですね」
地元の人でも数年に一度、体験するかしないかの規模のようだ。
「早く収まってくれればいいけど……」
「三日以上続くこともざらですよ」
「そんなに?」
気落ちしている僕とは反対に、ヴィオは元気いっぱいだ。
「いいじゃないか、兄貴。この砂嵐ならどうせ魔物も動けないぜ。その間に内装工事をしちまえばいいんだよ」
言われてみればそれもそうか。
「ここは暑くもなく寒くもない。水もいっぱいあるし、ベッドもたくさんあるんだぜ」
二段ベッドは今日だけで五十台作っている。
食料も多少は持ち込んだから、三人でこもるにしたって問題はないだろう。
「言われてみれば、それもそうだな。いい機会だから、頑張ってシャワールームを仕上げてしまうか」
「その意気だぜ」
「では、私もお手伝いを」
「フラウガさんが?」
「お二人を逃亡奴隷扱いした罪滅ぼしです」
フラウガさんが苦笑している。
「それじゃあ働いてもらおうかな。それで貸し借りなしということで」
「ありがとうございます」
ヴィオに加えてフラウガさんにも社員になってもらった。
壁にシャワーヘッドを取り付け、転送ポータルから延びる水道管をつなげていく。
排水装置を付け、それぞれの個室をボードとシャワーカーテンで仕切った。
個室の数は三十以上だったから、作業には丸二日かかったよ。
それでもまだ砂嵐は治まっていなかった。
僕は転送ポータルの最終調整をした。
「いいよー、お湯と水を出してみて!」
男性用でヴィオが、女性用ではフラウガさんが蛇口を開けた。
「兄貴、完璧だ。どこにも漏れはないぜ。水もお湯もちゃんと出ている!」
「こちらも問題なしです!」
よし、シェルターのシャワールームが完成したぞ。
二人は気づいていないけど、床は滑らず乾燥の速い素材。
水は肌に優しい軟水を引くなど、目につきにくいところにも気を配っているのだ。
初回限定だけど、ハーバルの香りが優しいリンスインシャンプーとボディーソープも用意した。
まんがいちシェルター生活を強いられたとしても、これで少しは潤いが出るというものだ。
「ふたりともお疲れさまでした。テストもかねてさっそくだけど使ってみようよ」
「私もよろしいのですか?」
フラウガさんが驚いている。
「遠慮することはありませんよ。頑張ってくれたことに対する、ささやかすぎるお礼ですから」
砂漠で水は貴重だ。
人々は水浴びだってあまりしない。
空気が乾燥しているからそれほど汚れることもないからね。
「初めての経験なので、ちょっと緊張しますね……」
「気楽に楽しんでください」
「承知しました」
フラウガさんは生真面目な面持ちでシャワールームに消えていった。
そして、こちらにも緊張している少年が一人……。
「どうしてそんなに難しそうな顔をしているんだよ?」
「だって、シャワーなんて生まれて初めてなんだぞ」
「だったら楽しめばいいじゃないか」
「そんなこと言ったって……。失敗したらカッコ悪いしさ……」
シャワーで失敗?
どういう感覚なのだろう?
例えば僕が地球の中東なんかを旅して、現地のお風呂に入るとする。
きっと、その国独特の作法とかがあるだろうから、間違った行動をとってしまうかもしれない。
なるほど、そういう心配か。
「なんなら一緒に入ってもいいよ。髪を洗ってやろうか?」
「いいよ、子どもじゃないんだぜ!」
「いやなら別にいいけどさ。お湯を頭から浴びてよく洗う。それからシャンプーを手で泡立てて、もう一度髪を洗ってからよくすすげばいいのさ」
「わかった。やってみる……」
ヴィオも緊張したようすでシャワールームに消えていった。
僕もさっさと入ってしまおう。
ガダールに来てから初めてのお風呂だ。
ゆっくりと楽しむとしよう。
全身をきれいに洗ってさっぱりした。
やっぱりシャワーはいいね。
生き返る心地がするよ。
あれ、僕が最後にはいったはずだけど、フラウガさんとヴィオはまだ出てこないな……。
お、二人ともやってきた。
「はぁ…………」
「ふぅ…………」
入る前はあんなに緊張していたのに、二人とも呆けたような顔をしているぞ。
「いかがでしたか?」
「とても……ようございました……」
「最高だったぜ……」
僕は二人にボディークリームを差し出した。
砂漠は非常に乾燥している。
ボディーソープで洗ってそのままにしておくのはよくないだろう。
「お風呂上りにはこれをつけてね」
「これもいい香りですね」
「兄貴、背中に塗ってくれるか?」
「いいよ」
「あ、でも、あんまり見るなよ。恥ずかしいから」
「なんでさ? 男同士なんだからいいだろう?」
「俺の体はなよっとしているだろ? だから嫌なんだよ……」
たしかにヴィオは華奢だもんなあ。
自分のそういうところにコンプレックスを持っているようだ。
ボディークリームを塗って落ち着くと、僕らは早々とベッドに入った。
「外の音、何も聞こえないですね。嵐の晩だというのにこんなに静かなんて不思議です」
フラウガさんから話しかけてくれるなんて珍しいな。
一緒に作業をして少しは距離が縮まったのだろう。
「シェルターの防音は完璧だからね」
「ここなら敵が来ても安心して過ごせそうです。民のためにこんな素晴らしいものを作っていただき感謝します。それなのに私は伯爵を奴隷として……」
「そのことはもう気にしないで」
すぐ横でヴィオが大あくびをした。
「俺、なんだか眠くなってきたよ……」
ヴィオは今日もいっぱい働いてくれたのだ。
疲れているのだろう。
「うん、いつでも寝ていいからね。フラウガさんももう寝ましょう」
僕は手元のリモコンで電気を消した。
翌朝、砂嵐は治まっていた。
モニターには深い青空が映っている。
だけど、街を歩く人々の顔に生気がない。
というか、誰もが悲嘆にくれた顔をしているぞ。
地面にうずくまって泣いているお婆さんの姿さえある。
いったいどうしたというのだろう?
僕はカメラを動かして街の様子を確かめていく。
ここのモニターは城壁に取り付けられた数十台のカメラの様子も映せるのだ。
そして、ついに僕は人々が悲しみに暮れる原因を発見した。
「なんてこった……」
まだ寝ているヴィオを起こすことも忘れて、僕はシェルターの外へ飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます