第86話 星がはじけている


 ガダールは本日も晴天なり。

 容赦のない紫外線がこれでもかってくらいに降り注いでいる。

 四十度を超える気温にラクーダもナツメヤシもぐったりだ。

 そんな酷暑の中、僕とヴィオは引き続きシェルターの建設に励んでいた。


「兄貴、こっちの壁は終わったぜ」

「ご苦労さん。おっ、いい仕上がりだね。また少し腕を上げたんじゃないか?」

「そうかな? えへへ……」


 ヴィオも工務店の仕事に慣れてきて、今では立派な戦力になっている。

 素直な性格だから飲み込みが早いのだ。

 シェルターの外枠はどうにか出来上がり、今日から内装工事に取り掛かっていた。


「しかし兄貴、こんなにたくさんのトイレを作ってどうするんだい?」

「いやいや、トイレなんてものはどれだけあっても困らないからね」

「そうかあ?」


 僕は知っている。

 人が集まる場所における女性用トイレの混みようはすごいのだ。

 映画館やコンサート会場など、廊下の方までずらっと並んだ行列を幾度となく見たことがあるぞ。

 このシェルターに避難するのは女性と子どもが多いので、個室の数はなるべく増やしておいた方がいいだろう。


「おいおい、まだトイレをつくっていたのか?」


 誰かと思ったらエリエッタ将軍が遊びに来た。


「タケル、トイレはそれくらいでいいだろう? それよりプールでも作ってくれ」

「何を言っているんですか。そんな余裕がないのは将軍だってわかっているでしょう?」


 ここにセティアはいない。

 赤マムリンドリンクだってないのだ。

 魔力と体力は計画的に使わなければならない。


「つまらんなあ」

「エリエッタ将軍、こんなところで遊んでいていいんですか?」

「遊んでいるわけではない、これは視察だ」

「物は言いようですね」

「ふん、どうせ私はお飾りの将軍さ……」


 エリエッタ将軍は不貞腐れた態度でそうつぶやいた。

 戦場に出られなかったのがよほど悔しいようだ。

 さかのぼること三日前、ガダールに駐留していた部隊は南方へ向かった。

 ついにムーンガルド軍が動いたのだ。

 各地に散らばっていた部隊を集めて、ゴブリンの支配下にあるトザス奪還作戦が開始されたのである。

 各国からの援軍もそれに足並みをそろえた。

 ローザリア軍も例外ではない。

 じゃあなんでエリエッタ将軍がここにいるかって?

 それは、将軍が女性だからだ。

 前にも言ったけど、今回の派遣軍は男のみで構成されたのだ。


「私が率いる部隊だぞ。それなのに、なんで副官のグランテに任せなければならんのだ」

「将軍がゴブリンに捕まるところなんて想像するのも嫌ですよ」

「戦う前から負けることを考えるなんて、そんなことで戦に勝てるか!」


 エリエッタ将軍としては納得がいかないらしい。

 まあ、軍議で決まってしまったものは仕方がないよね。

 将軍の他にも数十人の女性兵士がダガールに残された。

 というわけでこの駐屯地にいるのは一般市民と女性兵士ばかりになっている。

 ますます、このシェルターの重要性が増したというわけだ。

 軍部の人々は自信満々だったけど、連合軍による大部隊がゴブリンの大軍を撃破する保証はないからなあ……。


「将軍、今度の決戦、本当に勝てるのでしょうか?」

「さてな、勝負は時の運と言うだろう?」


 あ、異世界でもそう言うんだ。


「部隊をかき集めたおかげで数だけは互角になった。おまけに戦場は砂漠のど真ん中だから、小細工の余地もない」

「ということは?」

「種族差で人間側が有利だろう」


 ゴブリンは知力と筋力で人間に劣る。


「奴らの強みは敵を凌駕する数だけだ。同数の兵を集めれば怖くはないさ」

「本当にそうですか?」

「戦に絶対はないから断言はできない。人間に比べてゴブリンには迷いがない。殺す、犯すといった自分の欲望に忠実だ。それが有利に働く場合もある」


 つまり、人間側が負ける可能性もゼロではないわけだ……。


「やっぱりプールはなしです。先にシェルターを完成させないと」

「タケルはまじめすぎるぞ!」


 僕とエリエッタ将軍が話していると、ローザリアへ行っていたオットー大尉が帰還の報告にやってきた。


「おかえりなさい、オットー大尉。手紙は届けていただけましたか?」

「この手で直接お渡ししましたのでご安心を。カラン・マクウェル様からのお返事もここに」


 手渡された手紙を震える指で開いた。


「…………」


 手紙を読み終えると僕は大きなため息をついた。

 僕を誘拐した犯人は三郷さんによって暴かれたそうだ。

 ウランテール侯爵とやらはすでに捕まり、関係者も続々と処罰されているらしい。

 カランさんたちは準備が整いしだいガダールへやってくるそうだ。


「エリエッタ将軍、カランさんたちがこちらへ来ます!」

「そうか、よかったな」

「はい! ……でも、手放しでは喜べませんね。ここは危険な地域だから」


 やはり、シェルターの完成を急がないと。


「兄貴、カランさんってどんな人だ? よっぽど大切な人みたいだけど」

「そうだなあ……、出世が大好きで、いつまでも受けた恨みを忘れない人だね。僕が失敗するとすごく冷たい目で見つめながらため息をつくんだ」

「それ、本当にいい人なのかよ?」

「なんだかんだで、いつだって僕の味方をしてくれるんだよ」


 本当に得難いサポート役なのだ。

 甘えるときはとてつもなくかわいいしね……。


「マクウェル様からお荷物も預かっております」


 オットー大尉が渡してくれた箱の中にはコンビニで売っている食べ物や飲み物がたくさん入っていた。

 さすがはカランさんだ。

 必要なものをいろいろ入れてくれてある。


「お、コーラもあるぞ」


 って、これは三郷さんから⁉

 またつまらないメッセージを書いて……。


「兄貴、コーラってなんだ?」

「説明するより実際に飲んでもらった方が早いな。将軍に氷冷魔法で冷やしてもらって飲むとしよう。はじめてだから、きっとびっくりするよ」

「へえ、楽しみだな。ところで、これはなんて書いてあるんだ? 俺には読めない文字なんだけど……」


 ヴィオが三郷さんからのメッセージを指さしている。


「しょ、召喚者同士の秘密の暗号みたいなもんだよ。気にしないで……」

「へぇ、カッケー!」


 純真な少年の夢を壊すのはよくないな。

 内容は絶対に秘密にしておこう。


「そんなことは気にしないでいいんだよ。将軍、魔法をお願いします」


 冷えたコーラをコップに注いでみんなに配った。

 そうか、カランさんたちはこちらに向かっているんだな。

 危ないから本当は来てほしくないけど、それでもこの喜びは抑えきれない。


「兄貴、口の中で星がはじけている!」


 コーラを初めて飲んだ三人が大騒ぎをしている。

 ヴィオにとってはかなりの衝撃だったようだ。


「ローザリアに帰ったらまた飲ませてあげるよ」


 絶対に生きて帰る。

 僕もヴィオもカランさんもアイネもセティアもエルニアさんもだ。

 そう、心に誓った。

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