第84話 三郷が不敵に笑うとき


 サイリョウクラブの第二談話室はこぢんまりとした、居心地のよい部屋だった。

 ぱっと見は十九世紀のヨーロッパサロン風の部屋なのだが、空調や照明など、随所に工務店テクノロジーが埋め込まれている。

 カランとエルニアはここに二人の召喚者を呼び出した。

 王都に残っていた竹ノ塚渉たけのづかわたる三郷花梨みさとかりんである。

 この二人はタケルとも仲が良く、信頼に足る人物だとカランは見ている。

 それに、この部屋の防音はしっかりしているので外部に会話が漏れることはないだろう。

 キノシタ魔法工務店の仕事はいつだって丁寧なのだ。

 またサイリョウクラブなら、宮廷と違って間者が入り込む隙もなかった。


「よぉ、カランさん。その後、何かわかったかい?」


 入室してきた二人がドアを閉めるとカランはさっそくタケルの消息を話した。


「キノシタ伯爵の行方が分かりました」

「キノちゃんの⁉ どこにいるの?」

「南方のムーンガルド王国です。ガダールという街にいらっしゃいます」


 カランの言葉に安心した二人は崩れ落ちるようにソファーへ腰かけた。


「は、はは……、まったく、心配かけやがって……」

「本当だよ。でも無事でよかった」


 カランはこれまでの経緯を二人に説明した。

 やはりタケルは誘拐されたこと。

 奴隷としてカトレア鉱山へ連れて行かれそうになったこと。

 船が魔物に襲われ、ムーンガルドまで漂流してしまったことなどを丁寧に説明した。


「伯爵の手紙によると、今回の誘拐事件にはかなり有力な貴族が関わっているようです」



 竹ノ塚が歯ぎしりする。


「犯人は誰だ? 俺がとっちめてやる!」

「伯爵も犯人の顔は見ておりません。覚えていらっしゃるのは、小指にはまっていた大きなダイヤモンドの指輪としゃがれ声だけです」

「それでも、カランさんには犯人の目星がついているんだろう?」

「ええ、おそらく黒幕は……ウランテール侯爵だと推測されます」


 ウランテール侯爵はローザリアでも特に古い家柄で知られていた。

 召喚者に対してあからさまな悪口を言うことはないが、裏では不満を漏らすことが多いようだ。

 召喚を執り行っている宮廷魔術師長ラゴナ・エキスタとは犬猿の仲であることも有名である。

 そしてカトレア鉱山開発の出資者の一人でもあった。


「その侯爵が木下を陥れたんだな。許せねえ!」


 いきり立つ竹ノ塚とは対照的にカランは冷静な態度を崩さない。

 宮廷という魔窟で生きてきたカランは貴族のやりかたをよく心得ているのだ。


「しかし証拠がありません。先日、オロウ川で死体が一つ上がりました」

「それがどうしたんだい?」

「例の侍従でした」


 エルニアは自分をタケルから引き離した侍従を探していたが、その男は首を切られて川に捨てられていたのだ。


「実際は侍従の制服を着ただけの部外者でしたが、口封じのために殺されたのでしょう。これで手掛かりも消えました」

「だったらどうしたらいいんだよ? 悪いことをしたやつを放っておく気か?」

「今はそうするしかないでしょう。皆さんはまだ貴族の怖さをしりません」

「クソがっ!」


 激高する竹ノ塚を三郷がなだめる。


「まあまあ、落ち着きなよ。とりあえず私が調べてみるからさ」

「調べるって、何を?」

「いろいろとね……」


 三郷はカランに向き直る。


「カランさんは私たちが貴族の怖さを知らないって言ったよね?」

「はい……」

「それはカランさんたちも一緒だよ」

「…………」

「教えてあげるよ、召喚者の怖さをね」


 談話室に三郷の不敵な笑いが響いた。


       ◇◇◇


 日差しの強さに僕は顔をしかめた。

 きのした魔法工務店では冷却装置のついたヘルメットと空調服を社員に支給する。

 氷冷魔法を応用したシステムが全身に涼しさを提供してくれる優れものだ。

 だけど、ムーンガルドの太陽はそれに張り合うように紫外線を投げかける。

 日中のこの時間、屋外に出ている人はほとんどいない。

 みんな家の中で涼んでいるのだ。

 まさに命に係わる暑さだった。


「あーにきー! こっちの溶接は終わったぜ!」

「りょーかーい! 少し休んでて!」


 僕とヴィオは地下シェルターの建設中だ。

 ここに逃げ込めば、ゴブリンがやってきたって平気だぞ。

 いってみればガダールの街の巨大なパニックルームみたいなものだね。

 鋼板とRC造(鉄筋コンクリート造)を組み合わせてあるからアンシエントドラゴンが踏んだってつぶれない。

 魔法攻撃の直撃に備えて対爆弁もつけておいた。

 ガスなどの化学&魔法攻撃の対応も完璧だ。

 核シェルターではないので放射線シールドは付いていないけどね。

 転送ポータルを取り付けて水や新鮮な空気の取入れも確保してある。

 いざというときは、ここにこもって援軍を待てばいい。

 いちおう、海岸に出られる秘密のトンネルも建設予定だ。


 僕はもういちどまぶしい空を見上げた。

 雲なんてどこにもなく、世界は目の端まで青一色になる。

 それはそうか、ここはめったに雨の降らない砂漠なのだから。

 ああ……、みんなは元気にしているだろうか?

 気を抜くと、僕はことあるごとにローザリアのことを考えてしまう。

 僕の手紙は届いただろうか?

 カランさんは安心してくれたかな?

 僕が誘拐されたことで出世に響かなきゃいいけど……。

 アイネは何をしているだろう?

 砂まみれになっている僕を見たら、きっと喜んでくれただろうな。

 伯爵、お風呂にはいりましょう、って、それはもう張り切って。

 セティアは寂しがっていないだろうか?

 人づきあいが苦手だから、少し心配だ。

 一人でいろいろ作ってわかったよ。

 僕は君と君の魔法薬に頼りきりだったよね。

 エルニアさん、無茶をしていないといいな。

 ヤンデールの民は人情に篤いから、誘拐犯を探そうと躍起になっていそうな気がするよ。

 強い風が砂塵を巻き上げて砂漠の街を駆け抜けていく。

 眩暈めまいがしそうなほど広大な光景を前にしながら、僕の心はローザリアに漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る