第83話 届いた手紙
ダガールの防衛設備は順調に補修と建設が進んでいた。
石兵八陣のようなトラップも各所に仕掛けてある。
これで少しくらいはゴブリンの数を減らしをしてくれるだろう。
こうして落ち着いて対処ができるのも、敵がなかなか攻めてこないおかげだ。
どういうわけかゴブリンの軍勢はまだ来ない。
偵察部隊は毎日のように周囲を警戒しているけど、ゴブリンの影すらないようだ。
時間に余裕ができた僕はヴィオと内線を延長しているところだ。
これでよりきめ細やかなやり取りができるようになるだろう。
「兄貴、本当にゴブリンは攻めてくるのかな?」
「そりゃあそうだろう。奴らは人間の領土を奪うために戦っているんだから」
「でも、ぜんぜん姿を現さないじゃないか」
「おそらく、準備をしているんだよ……」
エリエッタ将軍が言っていた。
ゴブリンは兵士を育てている最中だと。
「だったらわざわざ待っていることはないじゃないか。こちらから討って出ればいいんだ」
ヴィオの言うことは間違っていない。
敵に準備の時間を与えるのは愚策だ。
できることなら今日にでも攻めるべきである。
だが、理想どおりにいかないというのもまた戦争というものだ。
「ムーンガルド軍もそのつもりらしいよ。そのための準備をしている最中なんだって」
ゴブリンの兵士が育つのが先か、ムーンガルドが攻撃部隊を整えるのが先か、これは時間との勝負なのである。
「なんだよ、わかっているのならさっさと行けばいいのにさ」
「軍隊を揃えるのは大変なんだよ。兵士の練度を上げて、水や食料を用意しなければならないんだ。武器や薬だって必要なんだからね」
「そんなこと言ったって、遅れればそれだけ苦しむ人が……、特に苦しむ女が増えるじゃないか!」
「わかってる。わかっているんだ、誰だって……」
それを考えるとやり切れない思いだけど、今はどうしようもない。
これもエリエッタ将軍が言っていたことだけど、近く大反転攻勢がかかるのだが、戦場へ行くのは男の兵士に限定されるらしい。
まんがいち女性が捕まると凌辱されてしまい、新たなゴブリンが生まれてしまうからだ。
こんな戦いは一刻も早く終わらせたいよ。
そのために僕のできることは何でもするつもりだ。
そうだ、用心のためにガダールの地下にシェルターでも作ろうか?
いざというとき、女子供はそこに逃げ込めば安全だぞ。
さっそくエリエッタ将軍に相談すると乗り気になってくれた。
「他国にタケルの技術を残すのは遺憾だが、これは仕方がないな。私も女だ、あの辛さは想像できるさ……」
エリエッタ将軍が昏い目をしている。
きっと悲惨な目にあっている女性たちのことを考えているのだろう。
もしゴブリンにつかまるようなことがあっても、将軍なら凌辱される前に自ら命を絶ってしまいそうな気がする。
そんなことには絶対になってほしくない。
きのした魔法工務店がそんなことは許さない。
僕は努めて明るく振舞った。
「地下シェルターだってきのした魔法工務店にお任せあれですよ!」
「大変じゃないのか?」
「まあそうですけど、ふるさと納税の返礼品に核シェルターが用意されている時代ですから」
「ふるさと納税?」
「いえ、なんでもないです」
前にニュースでちらっと見たことがあるのだ。
核シェルターを返礼品にもらえるって、どれだけのお金持ちなんだろうね?
まあ、僕の作るシェルターはもっと規模が大きいけどさ。
「そうそう、連絡兵のオットー大尉はそろそろローザリアですよね?」
「ああ、もう着くころだろう」
オットー大尉には、カランさんたちへ書いた僕の手紙を託してある。
どうか無事に届きますように……。
北へ向かって吹く強い風に僕は願いを込めた。
◇◇◇
執務室のドアがノックされてカランは顔を上げた。
普段どおり、彼女の服装やメイクには寸分の隙も無い。
だが、その顔には少しばかり疲労の色が滲んでいる。
誘拐事件から手を尽くして探しているが、タケルにつながる情報はまったく見つけられていなかったからだ。
「失礼します」
入ってきた軍人の顔にカランは見覚えがあった。
「あなたはたしか……、エリエッタ・パイモン将軍麾下のオットー大尉?」
「お久しぶりです、カラン・マクウェル殿。ガウレア城塞以来ですね」
カランは立ち上がってオットー大尉を迎えた。
「本当にお久しぶり。本日はどういったご用件ですか?」
「ムーンガルド王国へ出向されているパイモン将軍より書簡を預かっております。どうぞ、この場でお改めください」
カランは辺りをはばかる様子のオットーに気が付いた。
おそらく内密の手紙なのだろう。
そう察したカランはその場で手紙を開き、内容に目を通していく。
読み進めるうちにカランの頬に赤みがさし、やがて深いため息とともに彼女は手紙を閉じた。
キノシタ伯爵はムーンガルドで健在か……。
安堵の喜びがカランの胸に広がっていく。
それと同時に少しばかりの怒りも。
まったく、心配ばかりさせて……。
「お返事をいただきたいと将軍より言付かっております」
つまり、オットー大尉はタケルへの手紙を届けてくれると言っているのだ。
「大尉はいつまでローザリアに?」
「来週にはローザリアを発ち、ムーンガルドのガダールへ戻らなければなりません」
「わかりました。それまでに書状を用意しますので、よろしくお願いします」
「承知しました」
カランはオットー大尉をドアまで見送った。
そしてささやくように尋ねる。
「大尉、あの方は元気にしていらっしゃいますか?」
カランの声が珍しく震えていた。
「それはもう。相変わらず、兵士や民のためにいろいろ作ってくださっていますよ」
「そう……ですか……」
目頭を熱くするカランにオットー大尉は生真面目な敬礼をして出ていった。
オットー大尉が退出すると、その場にいたアイネとセティアがカランのもとへ寄ってきた。
「パイモン将軍とは懐かしいですね。将軍は何と言ってきたのですか?」
カランは黙って手紙を差し出した。
声を出せば泣いてしまいそうな気がしたのだ。
アイネとセティアは顔を突き合わせて手紙を読み、そして息を飲んだ。
「よかっ……た……」
二人の瞳からは大粒の涙がとめどなくこぼれている。
だが、決して涙を見せなかったカランはすでに落ち着きを取り戻していた。
その頭の中はこれまでになく冷静だ。
「アイネ、エルニアさんを呼んできてちょうだい。すぐに出かけるから」
「どちらに参られるんですか?」
「サイリョウクラブよ。ご友人方にも伯爵の消息をお知らせしておきます。それと、コンビニエンスストアで伯爵への差し入れを買わないといけませんからね」
三人はうなずきあい、すぐ支度にかかった。
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