第80話 そのころ、カランたちは


 話はタケルの誘拐の直前にさかのぼる。

 ワインセラーの前でタケルと別れたエルニアはカランの執務室へと急いだ。


「カランさん、お呼びだそうだけど何かしら?」

「えっ、お呼び立てはしておりませんが?」

「でも、先ほど侍従がやってきて、カランさんが呼んでいると……、っ!」


 エルニアはもと来た道を走ったが、どこにもタケルの姿を見つけることはできなかった。

 執務室に戻ってきたエルニアの顔面は蒼白だった。


「タケル様が、タケル様がどこにもいません!」

「エルニアさん、落ち着いて。あなたを呼びに来たという侍従は誰ですか?」

「見たことのない者でした。制服を着ていたのでてっきり新人かと思いましたが……」


 二人は先ほどの侍従を探したが、その人物も忽然と姿を消していた。

 おそらく、エルニアをタケルから引き離すために雇われた外部の者だろう。

 だが、それを見抜けなかったからと言ってエルニアを責めることはできない。

 宮廷で働く者は何百人といるのだ。

 カラン、エルニア、アイネはタケルの執務室で額を突き合わせて今後のことを話し合っていた。

 そこへ飛び込んできたのはセティアである。

 セティアはまだタケルがいなくなったことをまだ知らない。


「た、た、た、大変ですぅ!」

「どうしたの、セティア? こちらも大変なことが起こっているのよ」


 冷たいカランの声にセティアは身をすくませた。


「そ、それがその……、今朝ほど私と伯爵の未来を予知しようとしたら、こんな結果が出まして……」


 セティアは未来予知の結果が書かれた紙片をカランに渡した。


 意中の男、彼方に連れ去られ、会うことはしばらくない

 涙で枕を濡らす夜は幾日も続くだろう

 だが諦めることなかれ

 再会の日は必ず来る

 乾いた熱き風に包まれて、お前の大望は叶うのだ


 予言に目を通したカランは深いため息をついた。


「これを読む限り、やはり伯爵は何者かによって連れ去れたのでしょう。ですが予言には、再会の日は必ず来る、とも書いてあります。これを信じるのなら伯爵はご無事でいらっしゃるはずです」


 四人は安堵のため息をついた。

 だが、カランとエルニアの殺気は深まっていく。


「問題は誰が何のために伯爵を連れ去ったかです」

「まさか、監禁したうえで、タケル様を独り占めにしたいという欲望を抑えきれない者が私以外にも⁉ ぐぬぬっ、こんなことになるのなら、いっそ私が実行していれば……」

「エルニアさん、他者を自分と同列に考えてはいけませんよ」


 歯ぎしりするエルニアをカランは冷たくたしなめた。


「では誰がタケル様を連れ去ったのですか?」

「犯行は宮廷で行われています。となれば宮廷関係者を疑うのは当然のこと」

「具体的に言うと?」

「今回のことは召喚者を……、というよりも新興の貴族が力を持つことをよく思っていない何者かの仕業でしょう。目的は大勲位薔薇十字星章の授与を邪魔するためだと推測しています」

「なぜですか! これまでたくさん国に貢献してきたタケル様ですよ。私なら世界のすべてを差し出しても惜しくないのに!」

「それはエルニアさんだけです。異世界人に授与すれば薔薇十字星章の品位が落ちると考える貴族は多いのです。そういった者たちにエルニアさんも心当たりがあるでしょう?」

「なるほど、反目する貴族たちですか……」


 表紙に『タケル様のための暗殺リスト♡』と書かれたメモ帳を取り出して、エルニアはページをめくった。


「怪しいのはこの辺ですね」


 カランは無言でリストに目を走らせる。


「なるほど、さすがはエルニアさん。よく調べ上げていらっしゃる」

「片っ端から捕まえて尋問しましょうか? なんならそのまま成敗しても……」

「拘束も暗殺もやめておきましょう。そんなことをすれば伯爵のお立場が悪くなるだけです。証拠がないのだから」

「ちょっと待ってください!」


 一緒になってメモ帳を覗き込んでいたアイネが大声を上げた。


「うるさいですよ、アイネ」

「だ、だって、暗殺リストの下の方に私の名前が入っているじゃないですか! どうして?」

「そ、それはアイネさんが悪いのよ。アイネさんばっかりお風呂でタケル様のお体を好きにしているのですもの。許せないわ!」

「そ、そ、それは同感です。誅殺されても、い、致し方ないかと……」

「セティアまで裏切るの!」


 ローザリアの宮廷にはガウレア城塞のような広い風呂はない。

 タケル専用のスペースが少ないからだ。

 それでもタケルは自分用の風呂をリフォームしているが、こちらは一般家庭で使われるくらいの広さしかなく、風呂の世話はもっぱらメイドのアイネの仕事になっていた。


「アイネさん、あなた……タケル様の大事なところを触ったでしょう……?」

「どうしてそれを!」


 セティアは有名なことわざを思い出した。

 壁に耳あり鍵穴に目あり、いたるところにヤンデール

 そう、ヤンデール人はいつだって見ているのだ。


「あれはお風呂のお世話をしていただけですから」

「言い訳は聞かないわ!」


 剣の束に手をやるエルニアをカランがそっと止めた。


「バカ話はよそでやってください。それよりも今は伯爵がどこにいるのかを突き止めるのが先です」


 冷静なカランによって三人は正気に返った。

 予言によって、タケルが生きていることはわかった。

 だが、困難な状況にあるかもしれないことは否定できない。

 一刻も早くタケルを見つけ出し、無事を確認したいと四人は思った。

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