第79話 ガダール


*街の名前をギルモアからガダールへ変更しました

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 長い岩の谷を抜けると、そこはオアシスだった。

 砂漠の窪地に、高い城壁に囲まれた街が突如現れたのだ。

 街の中心にはエメラルドグリーンの水を湛えた大きな池が見えている。

 あれがガダールか。

 池の周囲には木々も生い茂り、たくさんの人々が通りを行き交っていた。

 城門を抜けて、僕とヴィオはラクーダに引かれながら街の中心へやってきた。

 奴隷の姿をしており、外国人でもある僕らに向けられる視線は冷たい。

 ヴィオはビクビクしていたけど、僕はもう平気になってしまったな。

 この世界に来て以来、ずっと差別的な視線にさらされてきたからね。

 もっとも、これまで受けてきたのは恐怖の滲んだ視線である。

 今受けている侮蔑のこもった眼差しとは別物か……。

 いずれにせよ、気持ちのいいものではない。

 やっぱりここは僕のいるべき場所ではないのだろう。

 カランさんたちのことを思い出して寂しくなった。

 

「思っていたよりずっと大きな町だね、兄貴」

「うん。ただ、ここにいる人はほとんど兵隊みたいだけど……」


 駐屯地というだけあってガダールには兵隊がやたらと多い。

 でも、いろんな制服をきた兵士が入り混じっているな。

 どうやら、この国の兵士だけじゃないようだ。


「あ、あれはローザリアの軍服じゃないか、兄貴?」

「本当だ! 間違いない、あれはローザリア軍だよ!」


 知り合いがいないかと僕は目を凝らす。

 僕が奴隷じゃないと証明してくれる人さえいれば、自由の身になれるのだ。

 誰かいないか?

 知った顔はないだろうか?

 周囲をキョロキョロ見回しながら引っ張られていくと、のっしのっしと通りを歩く長身の女性に目がいった。

 赤髪のその人と目が合ったが、すぐに視線をはずされてしまった。

 でも、その人は信じられないものを見ているといった具合に二度見したぞ。

 間違いない、あの人は――


「タ……ケル……?」

「エリエッタ将軍!」


 なんと、ガウレア城塞の軍事責任者であったエリエッタ将軍がいた。

 おなじ死線を潜り抜けた親友であるエリエッタ・パイモン将軍である。

 一緒にお風呂まで入った仲だもんね……。


「タケルではないか! って、捕縛されている……?」


 王国の伯爵である僕が、こんな場所で、ロープで縛られ、ラクーダに引っ張られているところを見ればびっくりするか。


「あはは……、これには事情がありまして……」


 あれ、エリエッタ将軍がプルプル震えているぞ……?

 あ、剣の束に手をかけた。


「全軍、抜刀ぉおおおお! 私のタケルを救出するのだぁああああ!」


 命令一下、将軍の後ろに控えていたローザリア軍が臨戦態勢に入ってしまった!

 うわ、フラウガさんとその部下が真っ青になっているぞ。

 これはまずい。

 誤解はきっちり解いておかないと。


「僕に魔封錠をかけたのはフラウガさんじゃないよ!」


 僕は必死に叫んだ。

 二回目は彼女だけど、そう言っておかないとエリエッタ将軍が収まらないだろう。


「では、誰がタケルをこんな目に遭わせた!?」

「それは後で説明するよ……」


 ローザリアの貴族が関わっているようだから、こんな場所で事を公にするのはまずいだろう。


「複雑な事情があるから、あとでね。将軍こそどうしてここに?」

「援軍だ。ローザリアとムーンガルドは同盟国だからな。だが、ムーンガルドの下士官が我が国の伯爵をラクーダで引き回したのだ。今後はどうなるかわからんぞ……」

「まあまあ……」


 フラウガさんが脂汗を掻いている。

 国際問題に発展しそうで焦っているのだろう。

 奴隷の身もそろそろうんざりだ。

 解放してもらうなら今しかないな。


「えーと、僕とヴィオはここで開放してもらって構いませんよね?」

「も、もちろんであります!」


 フラウガさんがごねなくてよかったよ。

 もっとも、他国の援軍の最高責任者が僕の身分を保証しているのだ。

 この状況では解放せざるを得ないか。


「ヴィオ、手を出して」

「う、うん……。兄貴、兄貴がローザリアの伯爵っていうのは……」

「僕は召喚者なんだ。戦功によって取り立てられたんだよ」


 僕と違ってヴィオは本当に奴隷なんだけど、どさくさに紛れて連れて行ってしまおう。

 奴隷船は沈んでいるから、どうせ死んだと思われているだろうしね。

 将軍からナイフを借りて、ヴィオの拘束を解いてやった。

 しかし、ヴィオは細い腕をしているねえ。

 商人の一人息子だったそうだから、あまり苦労をしていないのかもしれない。

 これじゃあ、鉱山労働や兵士なんて務まらなかったかもな。

 まあ、僕も体育会系ではないけどね。


「ありがとう、あに……、キノシタ……伯爵……」

「今までどおり兄貴でいいよ」


 親愛の情を込めて僕はヴィオの肩に手をまわした。

 しっかし、華奢な体をしているなあ。

 あれ、ヴィオが震えている。


「ひょっとして、僕が召喚者だとわかって怖くなった?」

「そ、そうじゃないんだ。あ、兄貴は優しいし、頼りがいがあるし……、その……大好きだ……。でも、伯爵だから……」

「気にするなと言っても無理かもしれないけど、慣れてくれないかな? ヴィオとは今までどおりでいたいんだ」

「これからも俺と一緒にいてくれるの?」


 ヴィオは不安そうに聞いてくる。


「もちろんだよ。一緒にローザリアへ帰ろうね」

「兄貴!」


 抱き着いてくるヴィオは弟みたいにかわいかった。


「エリエッタ将軍、僕とヴィオにご飯をご馳走してもらえませんか? 長いこと食事をしてなくて」

「私が逗留している宿に来い。すぐに何か食べさせてやる。なんでも好きなものを頼め」


 将軍のおかげで飢えや宿には困らなそうだ。

 あとでたっぷりとお礼をすることにしよう。


「フラウガさん、それじゃあこれで」


 あっけにとられているフラウガさんに軽く挨拶して、僕たちはその場を後にした。



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