第78話 砂の上の戦い
さて、どうしよう?
遮蔽物のないこの場所で戦えば、人間側が不利なのは目に見えていた。
ダンプカーで突撃してみる?
砂漠では向こうの方が機動力は上だ。
簡単によけられてしまうだろうし、荷台に飛び移られてしまうおそれもある。
とはいえ、直接あんなのと戦うなんて考えられないよなあ……。
どうみたって砂ヒョウの方が強そうだぞ。
スピード、パワー、重量、どれをとってもかなわないだろう。
ボクシングで例えれば、やたらとのろまなミニマム級とメチャクチャ素早いヘビー級が戦うようなものである。
いや、体重差で考えればそれ以上の開きがあるな。
まずは魔物の突進を確実に止めることにするか。
小さなものでいいから、壁を四つほど作ってしまおう。
砂の上に手を置いて魔力を放出した。
ヴォルカンの穴で無理をしたから、僕のレベルはさらに上がっている。
壁の四つくらいなら同時に作れてしまうくらいには成長していた。
「これは!」
地面から出現した石壁を見て兵士たちが驚いている。
高さはおよそ一メートル、幅は五メートルある。
急ごしらえだから形はいびつだけど、強度だけはしっかりしているはずだ。
「そこに隠れて攻撃してください。大丈夫、砂ヒョウの攻撃にも耐えられるはずです」
この壁はヴォルカンのトーチカにも使われた特殊鉄筋コンクリート製だ。
もちろん魔法触媒コーティング済みであるから、砂ヒョウの突撃にもじゅうぶん耐えられるだろう。
敵に向いた側面にはむき出しの細い鉄筋がハリネズミみたいについている。
先端はとがっていないけど、これで突進は防げるだろう。
得意の落とし穴を作ってもよかったのだけど、残念ながらここは砂漠だ。
砂を固めるのに時間がかかりすぎてしまう。
とりあえずは壁で我慢してもらうしかないな。
フラウガさんが大声を張り上げた。
「防御壁を使って臨戦態勢を取れ。慌てて攻撃するなよ。私の命令を待つんだ!」
兵士たちは詠唱したり、弓に矢をつがえたりして砂ヒョウが射程圏内に入るのを待っている。
その間にも砂ヒョウたちはどんどん距離を詰めてきた。
「撃て!」
各方面に向けて矢と魔法が放たれた。
だけど、砂ヒョウはそれらを楽々と避けて迫ってくる。
今や毛の一筋一筋が確認できるくらい間近だ。
ただ、ジグザグに回避行動をとっているから接近速度は遅くなっているぞ。
「あの敵に攻撃を集中しろ! 各個撃破するのだ!」
無数の矢と攻撃魔法が一頭の砂ヒョウに向けて放たれた。
「グアイァアアアアアアアア…………」
おお! ついに一頭倒したぞ。
って、のんびり観察している場合じゃない。
まだ砂ヒョウは三頭もいるのだ。
しかも敵は防御壁にとりつき、戦闘は接近戦に移ってしまった。
ここからが正念場だ。
壁越しにふるわれた砂ヒョウの前足が、兵士の武器に絡みついて弾き飛ばした。
その勢いで数人の兵士がまとまって後方へ吹き飛ばされてしまう。
「攻撃の手を緩めるな!」
槍を手にしたフラウガさんが救援に駆けつける。
付与魔法のついた攻撃なのだろう、さすがの砂ヒョウも後退したぞ。
だが、砂ヒョウも簡単にはあきらめない。
なんとか壁を乗り越えて、攻撃を当てようと試みている。
僕だって負けていられない。
砂ヒョウに回り込まれないように壁をどんどん継ぎ足していく。
時間があれば対処方法はいろいろあったと思うけど、戦闘のさなかではこれが精いっぱいだ。
最終的に石壁は三百六十度を囲む形で形成され、ちょっとした砦のようになった。
こうなると、戦いはずっと楽になった。
フラウガさんたちはより攻撃に集中できるようになり、先ほどよりは落ち着いて戦っているようだ。
「だが、これでは埒があかん!」
イライラとしたようすでフラウガさんが吐き捨てる。
壁のおかげで兵の負傷は少ないけど、致命傷を与えるほどの攻撃もできていない。
決定打が足りないのだ。
「せめて上から攻撃できればな……」
上から攻撃?
物見やぐらでも作ろうか?
いや、それよりもこちらの方が……。
「上から中距離攻撃ですね? 任せてください!」
「おまえ、なにを……」
すぐに重機の一つを呼び出した。
「な、なんだ、これは⁉」
「高所作業車です!」
クローラ式の高所作業車である。
高い場所にある枝を切り落としたり、電線の保守点検なんかにも使われるよね。
もっとも、あれは車輪タイプか。
砂にタイヤが埋もれるのはまずいから、今回は無限軌道がついたタイプにしておいた。
これなら陣地内で動かすことが可能だし、攻撃の起点を絶妙な位置にも動かせる。
驚きおののいているフラウガさんをバスケットに促した。
「こちらに乗ってください。上へ持ち上げますから」
「こ。これに?」
「早く! 砂ヒョウを撃退しましょう!」
「お、おう……」
フラウガさんが乗ると、すぐにバスケットを上にあげた。
僕らを乗せたバスケットはするすると八メートルほど持ち上がる。
本当はもっと高くなるんだけど、離れすぎるのもよくないだろう。
「これくらいでどうですか?」
「じゅうぶんだ。これならいける!」
こわごわとバスケットに乗ったフラウガさんだったけど、いまや爛々と目を光らせて矢をつがえている。
まさに、獲物を狙う砂ヒョウが狙われる側になった瞬間だった。
突如、上から降ってきた矢に砂ヒョウは反応できなかった。
脳天の急所を貫かれ、悶絶したところを数本の槍に仕留められた。
他の二体も同じようなものだ。
上からの矢に気を付ければ、正面から槍が攻撃してくるのだ。
やっぱり二方向からの攻撃を避けるというのは魔物にとっても難しいことなんだなあ。
それほど時間もかからず、すべての砂ヒョウを倒すことができた。
「キノシタのおかげで助かった。とんでもない力をもっているのだな」
「お役に立ててよかったです」
「いや、よくやってくれたよ。お前が奴隷兵になるのなら、私の部下にほしいくらいだ」
フラウガさんはそういいながら僕に再び魔封錠を取り付けた。
「ええっ、またつけるんですか!?」
「まだ尋問が終わっていないからな」
「そんな、一緒に戦った仲じゃないですか」
「それはそれ、これはこれだ」
フラウガさんというのは見た目通り生真面目な性格らしい。
もう少し融通を利かせてくれてもいいだろうに……。
「兄貴、やっぱり俺たち奴隷兵かな? 鉱山労働者よりマシだといいけど……」
諦めたような口調でヴィオがつぶやく。
「そんなことないさ。誤解さえ解ければなんとかなる」
少なくとも、魔封錠さえ外れれば。
奴隷船に乗せられたとき、絶望している僕を明るく慰めてくれたのがヴィオだ。
船が大破して、魔封錠の重みで海に沈みかけたとき、死に物狂いで板の上まで引き上げてくれたのもヴィオだったのだ。
ヴィオだけは何があっても助ける、僕はそう決めている。
「とにかく僕から離れないで。必ず何とかするから」
「お、おぅ…………」
せっかく励ましているのに、ヴィオはぽーっと僕を見つめているぞ。
また嘘だと思っているな。
「なんだよ、信じてないのか? それともかっこいい僕に惚れちゃった?」
「なっ! ばっきゃろっ! そんなわけあるかっつーのっ!」
ムキになって否定するヴィオがちょっぴりかわいかった。
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