第77話 砂漠の国の兵士たち


 ラクダに乗った一団が僕らのところまでやって来た。

 全部で二十人か。

 ラクダ?

 近づいてみたらだいぶ違った。

 体はラクダっぽいけど、顔はまつ毛の長いガチョウみたいだ。

 後でわかるのだが、この生き物はラクーダという名前だった。

 人間は長衣の下に皮鎧をつけ、例外なくターバンのようなものをかぶっている。

 ぜんいん剣や槍で武装しているけど、盗賊?

 それとも兵士かな?


「お前たち、どこからきた?」


 リーダーらしき女性が騎乗したまま訊いてきた。

 年齢は二十代半ばくらいだろう。

 眉毛がくっきりで掘りの深い顔立ちをしている。

 眼光は鋭いけど、生真面目そうで悪人には見えなかった。


「僕らはローザリアから来ました。船が嵐で漂流して、それから魔物に襲われて……」


 いきなりだからどうしても説明がたどたどしくなってしまうな。

 なんとか保護してもらえるようにしないと……。


「奴隷か?」


 鋭い視線を外すことなく女性は質問を重ねる。


「違います。僕はローザリア王国の召喚者で、王国の貴族です」

「貴族ねえ……」


 女性は僕のことを頭からつま先まで観察した。

 うん、僕だってわかっている。

 この服装では伯爵には見えないだろう。

 隣に立っているヴィオが僕の脇腹を肘で小突いた。


「兄貴、そのジョークはやめとけって言っただろう。おもしろくないって」


 ヴィオには奴隷船の中で自分の身の上を話したけど、まったく信じてもらえなかった。

 それはこの女性も同じようだ。


「おおかた逃亡奴隷だろう。よし、お前たちは私についてこい」

「どこへ行くのですか?」

「ギルモアの駐屯所だ。そこで尋問する。お前たちの所有者を調べる」


 駐屯所ということは、この人たちはこの国の正規兵なのだろう。

 盗賊の類ではないとわかって少しだけ安心できた。


「調べてどうなるんです?」

「返却できるようならするし、できないようなら我が国の所有物になる」


 カトレア銀山で奴隷になるか、この砂漠で奴隷になるか、二つに一つということか。


「魔封錠をつけられているところをみると、お前は魔法が使えるのだな?」

「まあ……」

「どんな魔法を使える?」

「土魔法を少々……」


 本当のことはまだ伏せておこう。


「それなら上級奴隷兵になることもできるぞ。待遇は一般奴隷よりずっといいし、二年生き残れば一般兵と同じ扱いになる」


 銀山よりこちらの方がマシ?

 でも、命の危険はこちらの方が上か。

 いずれにせよ、魔封錠が外れたら僕は出ていくけどね。


「あの、水をもらえませんか? 僕らは昨日から何も口にしてなくて」

「…………飲め」


 女性兵士は自分の水筒を差し出してきた。

 ぶっきらぼうだけど悪い人ではないのかもしれない。

 まずヴィオに飲ませてから僕も飲んだ。

 ああ、水ってこんなに美味しいんだ。

 生き返る心地がするよ。

 一気に三口くらい飲んでから水筒を返した。

 本当はもっと飲みたかったけど、ここでは貴重なものかもしれない。


「もう一つ教えてください。この国の名前はなんですか?」

「ムーンガルド。砂漠の国、ムーンガルドだ」


 初めて聞く地名だった。



 僕たちは腕をロープで縛られ、ラクーダに引っ張られる形で連行された。

 見た目はみっともないのだけど、これはこれで楽だった。

 砂の上は歩きにくく、自力だったら、いくつもある砂丘を越えられなかったかもしれない。

 しゃべると口の中が渇いてしまうので僕たちは黙々と歩いた。


 小一時間ほど歩いて休憩になった。


「飲め」


 さっきの隊長さんがまた水をくれた。

 厳しそうな人だけど、僕らを虐める意図はないようだ。


「ありがとうございます。僕は木下武尊です。あなたは?」

「セリオ・フラウガ」


 会話のぶつ切り度合いから、この下士官がおしゃべりでないことはわかった。

 でも、質問には答えてもらえるようだからいろいろと聞いておくとするか。


「この魔封錠、外れるんですか?」

「ああ」

「どうやって?」

「知らないのか? 枷についた突起があるだろう? そこにある程度の魔力を送ってやれば外れる。装着者が自分でやることはできないがな」


 思っていたより簡単に外れるんだ!

 きっと魔物が使うから単純な構造にしてあるのだろう。

 手のない魔物もいるから、どんな個体でも扱えるように、そうなっているのかもしれない。


「あの、外してもらってもいいですか?」

「ダメだ」


 まあ、そうなるだろうな。

 僕はちらっとヴィオを見た。


「すまねえ、兄貴。俺の魔力はたいしたことないんだ」


 これを外すには魔法兵レベルの魔力が必要とのことだった。

 この世界でも魔法兵になれるほどの魔力を持つ人は全人口の一五パーセントくらいらしい。

 言ってみればエリートだよね。

 でも、そんな選ばれた人たちでさえ、数発の攻撃魔法を撃てればいいくらいらしいのだ。

 こうしてみると、いかに召喚者がチートなレベルかわかるだろう。

 敬われると同時に恐れられるのも納得できるというものだ。


「ギルモアの街まではあとどれくらいですか?」

「そうだな……、ん?」


 フラウガさんは目を細めて地平線を見つめた。

 つられて僕も目をやると、遠くの方で砂煙が立っているのが見えた。

 フラウガさんは素早く前後左右に目を配る。

 あれ、一方向だけじゃない。

 砂煙は四方向から昇っている!

 どうやらこちらへ向かってくるようだ。


「敵襲ぅう! 迎撃態勢を取れ!」


 フラウガさんが緊張した声を張り上げた。


「魔物ですか?」

「おそらく砂ヒョウだ。ラクーダで逃げても追いつかれる」


 聞いたことのない名前の魔物だけど、この地の固有種なのだろう。

 しばらくすると僕も砂ヒョウを目視することができた。

 って、でかくない⁉

 まだ、だいぶ先にいるけど動物園で見た虎より大きいのがわかる。

 虎は大きいものだと体重が三〇〇キロ以上になるって生物の川西先生が言ってた。

 砂ヒョウはもっとずっと重そうだ。

 あんなものに突撃されたら骨が粉々になっちゃうよ。

 ヒョウって画像で見るとかわいげのある動物だったけど、魔物となると欠片もかわいくないな。

 ネコ科の魅力をすべてそぎ落としたような凶悪さしか残っていないぞ。


「フラウガさん、僕の魔封錠を外してください!」

「…………」

「僕も戦います。こんなところで死にたくありません!」


 フラウガさんは葛藤しているようだ。


「魔封錠を外すとなると攻撃魔法一発分の魔力を消費することになる」

「決して期待は裏切りません。絶対、役に立ちますから!」

「…………」

「こう見えて戦闘経験はあります。お願いです、僕を戦わせてください」

「…………役に立てよ」


 悩んだ末に、フラウガさんは僕を戦列に立たせる方を選んだ。

 魔封錠の突起に魔力が送り込まれ、手枷は音を立てて外れた。

 あー、久しぶりの解放感。

 肩がすっと軽くなったよ。


「おい、なにをしている。早く戦闘態勢を取れ!」


 肩をコキコキしていたら怒られてしまったよ。

 オッケー、役に立ってみせるとしますか。

 久しぶりに魔力が体を駆け巡る感触を確かめながら、僕は正面の敵を睨んだ。

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