第74話 勲章よりもそちらが気になる
事前の取り決めで、本日はクラブハウスにゲストを四名まで同行することが許されていた。
カランさんのようなサポーターを連れてくる人や、こちらで知り合った友人やその家族などを連れてきている同級生も多い。
基本的には会員のみが利用できるという決まりだけど、閉鎖的すぎるのもよくないというのが全体の意見だった。
召喚者はわけのわからない存在として恐れられている部分もある。
クラブハウスを少し解放することで、ここが異文化の交流場所になってくれればという期待もあるのだ。
僕はいつもお世話になっているカランさん、アイネ、セティア、エルニアさんの四人を連れてきたよ。
みんなには日ごろの献身に感謝して、特別ボーナスを渡しておいた。
これで好きなものを買ってほしい。
「伯爵、本当によろしいのですか?」
カランさんがわずかに興奮しながら訊いてくる。
「カランさんにはいっぱいお世話になっていますからね。そのかわり転売はダメですよ」
「それは心得ております。でも、上司への賄賂なら?」
賄賂って言っちゃってるよ、この人……。
とはいえ、僕だってお中元やお歳暮のある国の出身だ。
付け届けには寛容である。
「どうぞ、カランさんのお好きになさってください」
「ありがとうございます。それと、伯爵と飲むぶんも購入しておきますかね……」
「僕と?」
カランさんがすっと身を寄せてささやいた。
「久しぶりにお兄ちゃんのお膝で甘えたい気分です。空けておいてください」
「は、はい……」
たまにこういうことを言うからドキドキしてしまうのだ。
いいように振り回されているな。
でも、どこかで期待していた僕もいる。
僕も奮発してカランさんの好きなシャンパンを仕入れておくことにした。
本日は完成した図書室も解放した。
ソファーやマッサージチェア、床暖房スペースなども設け、くつろいだ気分で閲覧ができるようになっている。
もちろん事務机のスペースや、集中できる個室ブースも完備だ。
小説は地球のものと、この世界のものの両方がそろっている。
漫画やラノベも多いから、図書館と漫画喫茶のハイブリッドって感じかな。
ドリンクサーバーやソフトクリームの機械もあるからね……。
インターネットにはつながっていないのでネットカフェとは呼べないか。
書籍は基本的にこちらの言語に翻訳されたものばかりだ。
だからカランさんたちにも楽しんでもらえるだろう、なんて考えていたんだけど、この漫画に異世界の人々が次々とドハマりしていた。
セティアが珍しく積極的に縋りついてきた。
「伯爵! 『薬師のたわごと』の続刊はどこでありますかっ!」
「あ、あれね~、僕も楽しみにしているんだけど、まだ発売されていないんだよ」
「そ、そんな……」
よっぽど続きを読みたかったようでがっくり肩を落としているぞ。
おもしろいもんねえ。
それはエルニアさんも同じようだ。
「タケル様、『ヤヤヤヤヤンデルぅ』の続きが……」
「それもまだだよ」
「発売日がくるまでずっとタケル様のおそばにいてもいいですか? 出た瞬間に読みたいので……」
「勘弁してよ」
セティアやエルニアさんだけじゃない。
クラスメイトが連れてきたゲストのほとんどが漫画にはまっていた。
コンビニと一緒にプレオープンしてしまったけど、これはこれでよかったかもしれないな。
でも、お風呂やプール、遊戯室ができたらどうなるんだろう?
ゲストが多くなるようならスタッフも増やさないとならない。
いちおう、料理人をはじめとした職員はカランさんに募集をかけてもらっている。
お給料は悪くないのだけど、召喚者のクラブハウスということで怖がられているようだ。
いい人材が見つかるように祈るしかないだろう。
宮廷の自室に朝日が差し込んでいた。
空は青く、雲が日ごとに大きくなっている。
今日はいつもより暑い気がするなあ。
ひょっとすると今年は夏の訪れが早いのかもしれない。
となると急がなければならない作業がある。
そう、みんなお待ちかねであるクラブハウスのプールだ。
今中さんの水着姿を見るために、いや、みんなの幸せのために頑張らなければならないのだ。
もちろんウォータースライダーもつけちゃうぞ。
きのした魔法工務店は愛され続ける企業であるように努力します!
などと朝から張り切っていたのだけど、作業はいきなり中止になった。
頬を上気させたカランさんが部屋に飛び込んできたのだ。
「伯爵に勲章が贈られることになりました」
「はあ?」
事態がよく呑み込めていない僕にカランさんが説明してくれる。
「伯爵は氷魔将軍ブリザラスに続き、岩魔将軍ロックザハットまでをも討ち取られました。その功績に対して最高位である大勲位薔薇十字星章が贈られることになったのです」
「はあ……」
珍しく興奮しているカランさんには悪いけど、どれくらいすごいことなのかがわからない。
「少しは喜んでください。サポーターとして、私も白薔薇星章をいただけることになったのですよ!」
「それ、すごいんですか?」
「退職金と年金の額が大きく変わってきます!」
それで鼻息が荒いんだな。
「とにかく、式典の打ち合わせと予行練習がありますので、本日は出かけないでくださいね」
「えー、クラブハウスのプールを作り始めたいんだけど……」
「プールくらいなんですか! 水着が見たければ私がここでマイクロビキニを着てあげますから、今日の外出は禁止です」
出世とお金が絡むと、カランさんはとたんに厳しくなる。
でも、カランさんのマイクロビキニ?
や、やっぱり黒なのかな……。
見たい……、見たい……、見てみたい!
「伯爵、大勲位薔薇十字星章ですよ。少しは喜んでください」
「そんなこと言われても、どれくらいすごいのかわからないんだよね」
「大きな功績のあった貴族にしか授与されない勲章です。これの授与は百年に一度あるかないかですよ」
「ふーん」
くれるというのならもらっておくけど、何かメリットはあるのだろうか?
それよりも僕はこちらの方が気になる。
「ところで、本当に着てくれるの?」
「マイクロビキニでございますか? ご所望とあれば今すぐにでも」
カランさんは顔色ひとつ変えないもんなあ。
「いや、冗談だよ。それより打ち合わせは何時から?」
我ながらヘタレだとは思うけど、冷たいカランさんの眼差しに、僕は自分の欲求を押し通すことができなかった。
そして、この勲章が僕の運命を大きく変えることを、このときの僕らはまだ知らないでいた。
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