第73話 サイリョウクラブ


 みんなの部屋のリフォームを三日で終わらせた僕はクラブハウスの建設に取り掛かった。

 土地の買収など、煩雑な手続きはカランさんがやってくれてある。

 今日は今中さんと焼け落ちた廃墟の前に立って神聖魔法の儀式を執り行っている最中だ。

 建築工事をおこなうときにする地鎮祭みたいな感じだね。

 土地の四方に聖なるオーブを配置して、中央には祭壇まで用意した。


「けっこう準備がいるものなんだね」


 魔法を使ってパパッと終わらせるのかと思っていたけど、僕が考えていたのよりずっと大規模な魔法みたいだぞ。


「どうせならフルパワーでやろうと思って」

「聖女のフルパワー? なんかすごそうだね」

「迷える魂を天に還して、悪霊を寄せ付けない聖域にして、大地の気脈が集まる豊穣の地にしてみるよ」


 そこまでやっちゃいますか⁉


「だって、ここは私たち三年二組の拠り所になるんだよ。悔いのないようにしときたいもん」

「言われてみればそうだよね。わかった、僕も全力で頑張ってみる」

「それじゃあ、赤マムリンをもらえる?」


 赤マムリンを飲めば僕らの力は一時的に底上げされるのだ。

 原料が蛇と蜘蛛だから、戦闘時でも今中さんはあまりこれを飲みたがらなかった。

 でも今は、自ら進んで赤マムリンを飲もうとしている。

 そこに今中さんの本気を感じた。


 大地に光の亀裂が走り、裂け目から光の粒が空中へと浮き上がった。

 始めは黒紫に輝いていた光の粒は時間と共に色が変化していく。

 黒から紫、紫から赤、赤から黄色、そして柔らかな緑色へと変わった。

 おそらく悪しき要素が排除され、聖なる力が湧きだしているのだろう。

 今中さんは額にじっとりと汗をかき、歯を食いしばったまま魔力を展開し続けているぞ。

 かなり辛そうだけど、僕に手伝えることは何もない。

 やがて、一際大きな光が大地を包んだかと思ったら、一気に収束して土地は静けさを取り戻した。

 ふらふらと倒れそうな今中さんを咄嗟に支えた。

 力を使い果たして、真っ直ぐに立っていられないようだ。


「終わったの?」

「ええ、ここはローザリアでもいちばん神聖で祝福された場所になったよ」

「お、お疲れ様」


 そこまでする必要があったのかな……?


「ああっ!」

「どうしたの、木下君?」

「あれ、あそこ!」


 僕の指さす先に、ぼんやりと光る人影があった。

 立派な貴族服を纏った人たちだけど、リアルな人間じゃなさそうだ。

 その人たちは今中さんに向かって丁寧に頭を下げて……、消えて行った。


「きっとこの世界の神様の元へ旅立ったのね……」


 苦しんでいた魂が救われたのならよかったな。


「すごいよ、今中さん。きっとあの人たちも喜んでいるだろうね。僕もこれで心置きなく作業に取り掛かれるな」

「うふふ、今後も地鎮祭は今中にお申し付けください、きのした魔法工務店さん」


 馬車で帰っていく今中さんを見送り、晴れ晴れとした気持ちで仕事に取り掛かった。

 まずは廃墟を撤去だ。

 瓦礫は転送ポータルで捨てることができるけど、幅のサイズは三メートル以下という決まりがある。

 ある程度の小ささになるように解体してやる必要があるのだ。

 すべてを魔法でやると、また魔力不足を起こしてしまうかもしれない。

 ここは重機の力を借りた方がよさそうだ。

 近隣住民にあいさつして、騒音については先に謝ってある。

 幽霊屋敷がなくなるとあって、文句を言う人はいなかった。

 僕は魔導油圧ショベルを呼び出して解体作業を開始した。



 お昼になって基礎部分ができてきた頃、クラスメイト達が差し入れを持って激励に来てくれた。


「よお、木下!」

「吉田! 久しぶり」


 爆炎竜の使い手である吉田に会うのは久しぶりだった。


「ヴォルカンの戦闘では間に合わなくて、ごめんな」

「いんだよ。そっちの戦闘も大変だったんだろう?」

「まあなぁ。水魔法を使う魔物が多くて苦労したよ。完全に配置ミスだ」


 属性魔法は強力なものが多いけど、相克関係があるから運用が難しいようだ。


「ところで、俺の卓球台はどの辺になるのかな?」


 もと卓球部のカットマンは卓球台をご所望だ。

 今から楽しみなようで基礎部分をキョロキョロと見回している。


「遊戯室はあの辺かな。みんなが無茶を言うから大変なんだぞ。卓球台とか全自動麻雀卓とか、バスケットコートとか……」


 スペースを確保するため、クラブハウスは地下二階、地上三階建てになる予定だ。


「悪い、悪い。でもさあ、俺はこの世界にも卓球を広めたいんだよ。まあこれでよろしく頼む」


 吉田は南方で取れるというフルーツをカゴいっぱいくれた。


「そういえば、ゲーム機はどうなった?」

「ああ、あれね」


 遊戯室に置くもので、いちばん要望が多いのがゲームだった。

 ただ、家庭用のゲーム機は手に入れられなかった。

 スマートフォンとかも同じだ。

 通信装置のついたものは取り寄せ制限があるようだ。

 そういえば、僕が取り寄せる重機やトラックにもGPSやナビはついていなかったな……。

 その代わりと言っては何だけど、昔のゲームセンターに置いてあったようなアーケードゲームは安く仕入れることができた。

 ピンボールとかもあったなあ。

 まあ、そのあたりで我慢してもらうしかないだろう。

 だいたい、魔物を倒すRPGやローグライク系をやる人なんているのか?

 だって、僕たちはぜんいんリアルでそれをやっているのだから……。



 早朝から夜遅くまでクラブハウス造りに勤しんだ。

 やっぱりこういう建物を作るのは楽しいね。

 地下室には地下通路をつけておいたぞ。

 まんがいちの用心というのもあるけど、完全に僕の趣味だ。

 秘密通路って楽しいじゃない?

「ルート7を使ってスクランブル発進だ!」的な遊び心があると思うんだよ。

 今回は時間がないから途中までだけど、いつか地下通路を張り巡らせるのも一興だ。


 楽しみながら働いて、建物自体はほぼ完成した。

 お風呂や各部屋の内装はまだだけど、要望の多かったコンビニと今中さんご所望の図書室を仕上げることができたぞ。

 本日はみんなにお披露目会である。

 コンビニは建物の一階部分に組み込んである。

 朝一番でクラブハウスへ行ったのだけど、ローザリアにいるクラスメイトは全員がもう来ていた。

 きっと待ちきれなかったのだろう。


「木下殿、拙者はどんなにこの日を待ち望んでいたか……うぅ……」


 忍者というジョブに就いた加藤が泣いている。

 加藤は時代劇オタクだった。

 お侍が好きすぎて、日本にいたときから剣術を習っていたくらいだ。

 なんでも、この世界では次元斬という必殺技を身につけたそうだ。

 切れないものはほとんどないという評判である。

 ただし例外もある。

 これはトップシークレットなんだけど、コンニャクとかゼリーとか、微妙な弾力があるものだけはなぜか切断できないらしい。

 不思議だよね。

 でも、時代劇オタクだった加藤は自分のジョブを心の底から喜んでいた。


「サムライだったらもっとよかったけど、贅沢は言わないでござるよ」


 ちなみに、ござる言葉はこちらに来てから使いだした。

 異世界人ということで奇異の目で見る人もいないようだ。

 自由にやれているようでなによりだ。


「で、木下殿。コンビニに入るには合言葉が必要だと聞いたでござるが……」

「合言葉じゃなくて、IDカードね。今からみんなに配るよ。それと四桁の暗証番号を入力してもらうから」

委細承知いさいしょうち!」


 リアンズクラブのクラブハウスは砦みたいだったけど、サイリョウクラブは壁に囲まれた小さなシティーホテルみたいな建物になった。

 外観はシンプルで、この世界の建物にしてはのっぺりしているかもしれない。

 だけどそれは仕方がない。

 細々とした装飾は作るのが大変なのだ。

 時間や魔力のことを考えれば、見かけにこだわってはいられない。

 そのかわり、断熱性や堅牢さは申し分ないはずだ。

 というわけで、見た目はホテルの一階部分にコンビニ店舗が入っている感じになっている。

 クラスメイト達は大喜びしながら店の中へ入っていった。


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本日(11月14日)GAノベルより1巻が発売されました。

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