第71話 リアンズクラブ
ヒゲ男爵と一度別れて自室に戻った。
「おかえりなさいませ。謁見はうまくいきましたか?」
アイネが襟元を開いて、窮屈なスカーフを取り外してくれた。
正装って、一人で着たり脱いだりができない服なんだよね。
貴族たちはよくこんなものを着ていられると感心するよ。
くつろいだ服に着替えると、僕は今夜の予定をみんなに伝えた。
鋭い目つきのエルニアさんが静かにうなずく。
「社交クラブですか……。私も護衛として同道しましょう」
「今夜は一人で行くので護衛はけっこうです」
「そんなっ! 悪い虫はどこに潜んでいるかわかったものではありません。タケル様につく虫けらを片っ端から切って捨てるのが私の使命!」
なぜか激昂するエルニアさんをカランさんが宥めた。
「伯爵が行かれるのは女人禁制のリアンズクラブです。エルニアさんは入れませんし、心配することもないでしょう」
「そ、そうなのですか……?」
やや落ち着いたエルニアさんだけど、まだなにかブツブツつぶやいているぞ。
「男しかいないのなら……。でもでも、タケル様がそっちの趣味に目覚めたらどうしましょう……。そんなこと許せないわ。でもでも、どっちかしら? 受け? それとも、攻め? タケル様はどっち? ああ、気になる。気になる……」
自分の世界に入ってしまったエルニアさんは放っておいて、カランさんにお土産の相談をした。
「何を持っていったら喜ばれるかな?」
「そうですねえ……。コンビニエンスストアで売っている物なら、なにを持っていっても喜ばれそうですが、無難なのは酒類でしょうか」
お酒はいいかもしれないな。
リアンズクラブに何人いるか知らないけど、強いお酒を数本持っていけば食後にみんなで楽しんでもらえるだろう。
もっとも、僕は飲めないけどね。
たしか、ジャパニーズウィスキーって評判がよいと聞いた記憶があるぞ。
ヤンデルマートで購入して、贈答用にストックしておいたものがあるからそれを持っていくとしよう。
『響応』、『黒州』、『竹亀』、『山咲』、よくわからないけど、この四本を持っていけばいいかな。
おつまみはどうしようか?
食べものはたくさんあるみたいだからそれはいいか。
いちおう、おやつとして『きのこの山田』と『たけのこの佐藤』を持っていくとしよう。
待ち合わせ場所へ行くとヒゲ男爵はもう来ていて、僕のことを待っていた。
とっても律儀な人なのだ。
「さあ伯爵、参りましょう。馬車を呼んできます」
わざわざ取りに行ってもらうのは悪いな。
僕の移動手段の方が手っ取り早くてよさそうだ。
「それには及びませんよ。これに乗っていきませんか?」
きのした魔法工務店のロゴが入ったハイアースを呼び出した。
「おお! これが噂になっている馬のいない馬車ですな!」
ヒゲ男爵は大興奮だ。
高級仕様ではないけど、乗り心地は王族の馬車をも上回るはずである。
「さあどうぞ」
助手席の扉をあけてあげると、ヒゲ男爵は嬉しそうに乗り込んだ。
「これは! 何と座り心地のいい椅子なんだ……」
「それでは行きましょう。道案内をお願いします」
それにつけても、サスペンションとショックアブソーバーのありがたさよ。
地面の凹凸を吸収しつつ、ハイアースは静かに走り出した。
クラブハウスはお洒落な建物だった。
色とりどりの石材を組み合わせて造られた、小型の砦といった風情である。
リアンズクラブのメンバーは軍人が多いから、あえてこんな感じにしているのだろう。
観音開きの門を抜けて車止めにハイアースを停めると、メンバーや従者たちが自動車を見に集まってきた。
「おお、ヒゲ男爵じゃないか! どうして君がそんなものに……?」
友人らしき人が男爵に声をかけている。
「すごいだろう? これがいま噂の馬のない馬車だぜ!」
ローザリアで話題をかっさらったハイアースに乗れたとあって、ヒゲ男爵は得意満面だ。
「キノシタ伯爵、メンバーにご紹介しますので、どうぞこちらに」
「は、はい……」
「おお! 今夜のゲストは氷魔将軍に続いて岩魔将軍さえも討ち取ったキノシタ伯爵か!」
ごつい人ばかりで緊張してしまったけど、話してみれば気のいい人ばかりだった。
僕らはハイアースのことで非常に盛り上がった。
食事の前にみんなを乗せて街を三周することになってしまったけどね……。
自動車に乗ったメンバーたちは大はしゃぎで、子どもの遠足バスより賑やかになってしまったくらいだった。
リアンズクラブは内装も素晴らしかった。
どこもかしこも金がかかっているなあ……。
木材ひとつとっても最高級品だ。
職人の手による家具は一つ一つが重厚かつ繊細な造りをしている。
お抱えシェフの作る料理も美味しくてボリュームも満点だったよ。
メインディッシュに炭火で焼いたシギという鳥の肉を食べさせてもらった。
塩味は強めだったけど、肉に弾力があって濃厚な味わいに驚いた。
地鶏の焼き鳥ってあるじゃない?
あれを大きく、さらに豪快にした感じだった。
機会があればまた食べたいものだ。
「すっかりご馳走になりました。どれもとても美味しかったです」
「満足していただけましたかな?」
「そりゃあもう」
僕らはテーブルを離れて安楽椅子に座った。
僕はクリームをたっぷり載せた甘いコーヒーをいただき、ヒゲ男爵たちはお土産のウイスキーに舌鼓を打っていた。
「こんなうまい酒ははじめてだ! 響応をもう一杯くれ」
「おい、そんなにがっつくなって。誰か氷冷魔法で氷を作ってくれないか? 浮かべて飲んでみたいんだ」
「おう、私に任せろ!」
場は打ち解けた楽しい雰囲気に包まれている。
うん、社交クラブというのもいいものだなあ。
……僕も作ってみようか?
クラスメイトのための施設を作れば、みんなも喜ぶんじゃないか?
我ながらいい考えかもしれない!
明日からみんなの家や部屋のリフォームにかかるから相談してみるとしよう。
リアンズクラブの人たちに玉つきやカードゲームの遊び方を教えてもらって、夜遅くまで楽しんだ。
バカダというカードゲームで少し負けて、三千二百クラウンと、きのこの山田、たけのこの佐藤を取られてしまった。
異世界の珍しいお菓子だから、みんなで分けて食べ合っていたよ。
やっぱり好みはわかれるね。
山田派と佐藤派で小さな小競り合いが勃発してしまったくらいだ。
そんなところは日本も異世界も一緒だった。
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