第三部 砂漠のビル大作戦 編
第71話 都に戻って
ローザリアへ戻ると、季節はすっかり春になっていた。
川沿いの土手に咲き乱れる水仙を眺めながら、護岸工事がしたいなあ、なんて考えるのは工務店の性というものか。
お、路肩を歩く人々がこちらを見て驚いているぞ。
バンタイプの自動車が珍しいのだろう。
帰ってくる途中もこの自動車は人々の度肝を抜いてきたのだ。
「う、馬がないのに……どうして……?」
後に、馬を必要としない馬車としてあちらこちらから発売の打診が来るのだけど、そのときの僕は何も考えていなかった。
これなら速いし、お尻が痛くなくていいや、くらいにしか思っていなかったのだ。
とはいえ、売ってくれと言われても困るんだよね。
自動車や重機の召喚時間は決まっているのだ。
最長でも二十四時間。
丸一日経過すると、車体は消え、再度召喚し直さなければならない決まりである。
これで販売は不可能だよね。
レンタルならいけるかな?
面倒だから、そんな商売はしないけどね。
陽炎の立ち昇る街路を、僕たちを乗せたハイアースは王宮へと走った。
「まいどー、きのした魔法工務店です」
ウィンドウをおろして門番にこちらの身分を告げた。
いやね、この車にはちゃんと『きのした魔法工務店』のロゴが入っているんだよ。
気分的には伯爵というより、工務店の社長なんだよね。
だからあいさつも必然的にこうなってしまうのだ。
「こ、これはキノシタ伯爵! お帰りなさいませ!」
門番さんは緊張しながらも笑顔で僕を迎え入れてくれた。
すでにロックザハット討伐の話が大々的に宣伝されているようだ。
一足先に帰った竹ノ塚たちも、毎晩パーティーなどに引っ張りだこらしい。
とりあえず宮廷内にある自室へ戻り、荷物を置いた。
カランさんがキビキビと指示を出す。
「アイネは伯爵の着替えを。陛下が謁見されるかもしれないから正装よ。エルニアさんはこの部屋で待っていてください。セティアは荷解きをお願い」
僕は久しぶりに窮屈な貴族服に着替えた。
鏡に映った姿に、我ながら違和感を覚えてしまうよ。
やっぱり、作業用ブルゾンの方が似合う気がするんだよね……。
ため息を吐く僕をカランさんが追い立てる。
「それでは帰還の報告へ行きましょう」
僕とカランさんは連れ立って、関係各所を回った。
この世界の一般市民は召喚者を恐れている。
それは前にも説明したとおりだ。
ただ、貴族階級においても、僕たち召喚者を疎ましく思う人は少なくないようだ。
これまでそういう人々に会ったことはなかったんだけど、今日は運悪く嫌な体験をした。
陛下やラゴナさんとの謁見を済ませて階段下の踊り場で休憩していると、絡みつくような視線を感じた。
なにかと思えば若い貴族のグループが僕を見ているではないか。
なんだか知らないけれど、こちらをバカにするような目つきである。
誰かが何かを言ったのだろう。
一団からどっと笑いが起こった。
うん、鈍感な僕にもわかる、こちらを嘲笑しているんだ。
微かだけど、成り上がり、とか、猿、なんて単語が聞き取れた。
「伯爵、どうか気にしないでください。家柄だけが頼りの無能どもです」
カランさんは
「そうなの?」
「軍事、内政、どちらにも身の置き場のない、役立たずどもですよ。伯爵を嫉妬しているだけですから」
つまり、いきなり伯爵になった僕が気に入らないというわけか。
まあ、気持ちはわからんでもない。
僕もついこの前まで何者でもない高校生だったのだ。
たまたま工務店の能力を得たおかげで、分不相応に伯爵なんて地位をもらっている。
彼らが嫉妬するのも仕方のないことだろう。
ただ、僕なりに命を懸けて頑張ってきたのだ。
それなのに、この扱いはやっぱり悲しいよ。
貴族は陰湿な笑顔を浮かべながら廊下の向こうへ行ってしまった。
沈んだ気持ちになっていると、顔見知りのヒゲ男爵がやってきた。
「これはキノシタ伯爵、お久しぶりです」
「ヒゲ男爵……」
ヒゲ男爵は竹ノ塚たちと一足先に帰還していたのだ。
「どうしましたかな? 英雄殿が浮かない顔をされて」
「はあ……」
僕は今あったことをヒゲ男爵に説明した。
「なるほど、困ったことですが召喚者を差別する者は貴族の中にも一定数おります」
「やっぱりそうなんですね……」
「こればかりはどうしようもありませんな。みんなが仲良くできるのが理想ですが、なかなかそうもいきますまい。私にしてからが、宮廷内で気にくわないやつは多いです」
それはそうか。
「無理に仲良くすることなどありませんよ。害にならないようなら放っておくのです」
「害になるときは?」
「決闘ですな!」
う~ん、荒っぽい!
さすがは異世界だよね。
法に委ねるとか、そういう考えはないらしい。
この世界に侮辱罪はなく、侮辱されたら決闘が普通のようだ。
ああそうか、僕は召喚者としてはいちじるしく戦闘力が低い。
だからあいつらはあんな態度をとったのかもしれないなあ……。
たとえ決闘になっても、僕が相手なら怖くないのだろう。
浮かない顔をしている僕の肩をヒゲ男爵は優しくたたいた。
「よし、気分転換といきましょう!」
「というと?」
「我がクラブへご招待しますぞ」
クラブって部活動?
僕は帰宅部だったから得意なものはあまりない。
運動は苦手だから文科系のクラブならいいけど……。
よくわかっていない僕のためにカランさんが説明してくれた。
「ヒゲ男爵がおっしゃられているのは紳士クラブのことですよ。リアンズクラブはローザリアでも由緒あるクラブのひとつです」
ひげ男爵が所属するリアンズクラブは会員制の社交場であり、近衛連隊の騎士が主なメンバーとのことだった。
クラブハウス内には食堂、談話室、ダンスホール、遊戯室などがあり、会員はそこで友人との社交を楽しむそうだ。
「会員制のクラブにお邪魔してもいいのですか?」
「メンバーはゲストを連れていくことが許されています。それに、キノシタ伯爵がゲストなら文句を言うやつは誰もいませんよ」
「そうかなあ……」
さっきの貴族みたいなのがいるかもしれない。
「みんな前線に出たことがある者ばかりです。私たちは戦友ですよ」
その言葉を聞いて、なんとなく安心できた。
それに、カランさんも熱心に勧めてくれたのだ。
「いい機会ですので行ってらっしゃいませ。私は待っておりますので」
「あれ、ついてきてくれないの?」
ヒゲ男爵は申し訳なさそうに苦笑する。
「リアンズクラブは女人禁制なのです。女性がいれば華やかでいいのですが、決闘の種にもなりますので……」
ははーん、クラブ内恋愛は禁止ってやつですね。
「承知しました。それではお言葉に甘えてリアンズクラブへうかがうとしましょう」
「そうこなくては! クラブで夕食をご一緒しましょう。私が最高の晩餐をご馳走しますよ」
ヒゲ男爵が陽気に笑うので、沈んだ気持ちが上向いてきたぞ。
今夜はよい社会勉強になるだろう。
でも、ご馳走になるのに手ぶらというわけにはいかないな。
何かお土産を用意しないと。
どんなものが喜ばれるかな?
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