第70話 さよならヤンデール公国(第二部最終話)


 十日ほどでヤンデール城の外壁補修は終了した。

 見た目も美しく、強度もさらに強まった。

 住民が避難できるように、水源や防空壕も完備してある。

 我ながらいい仕事をしたと、たいへん満足だ。

 だけど、作業の中にローザリア王国から何度も帰還を促す書状が届いた。

 そのたびに病気療養を理由にして先延ばしにしてきたけど、それもそろそろ限界のようだ。

 いよいよ明日は王都に向けて出発しなくてはならない。

 エルニアさんともこれでお別れか……。

 ずっと苦楽をともにしてきたから、さよならはやっぱり悲しいよ。

 思い込みが激しく、しょっちゅう白昼夢を見ているような人だけど、人々を思いやる一途なところが好きだ。

 せっかく仲良くなれたのにこれでお別れなんだね……。

 でも、公女であるエルニアさんが、ずっと国を離れるわけにはいかないだろう。


       ◎◎◎


 荷造りを終えたエルニアは慣れ親しんだ自室を見回した。

 幼いころから使っていたこの部屋ともしばしの別れだ。

 明日はタケルについて旅立つことをエルニアは決意している。

 愛しい男とともに旅立つのだ。

 公女という身分に未練は欠片もない。

 ただ、年老いたヤンデール公爵を置いていくことだけが気がかりだった。

 タケルについて出ていくことを、エルニアはまだヤンデール公爵に話していない。

 お許しくださいませ、おじいさま。

 私はいかなければなりません。

 今後、どんなに辛い目に遭おうとも、私はタケル様を支え続けなければならないのです。

 それこそが、天が私に与えた使命。

 そうに違いない!

 タケル様を支え、タケル様の好みを知り、タケル様に愛される女になって戻ってまいります。

 そのときはかわいいひ孫の顔を見せますので、どうぞお許しください。


「病めるときも、健やかなるときも、死が二人を別つまでキノシタ・タケルを溺愛することを誓いますか? はい、沼ります」


 エルニアが自問自答して喜んでいると、とつぜん部屋の扉が開いた。


「おじいさま!」


 入ってきたのは眼光鋭くエルニアを睨む老公爵であった。


「エルニアよ……、その荷物はなんであるか?」


 公爵の重々しい口調にエルニアは身を震わせた。

 だが、公爵の威厳もエルニアを翻意させることはできない。

 世のことわざに曰く。


『ヤンデールの愛は岩をも溶かす』


 それくらい、ヤンデール人は情熱的なのだ。

 ちなみに、ヤンデールにまつわることわざは多い。

 『振り向けばヤンデール』とか、『寝耳にヤンデール』、『触らぬヤンデールに祟りなし』などなど、枚挙にはいとまがない。


「答えよ、エルニア。その荷物はなんであるかと聞いている」

「おじいさま、お許しください。私はタケル様とともにまいります!」


 エルニアの嘆願に公爵は眉一つ動かさなかった。


「国を捨て、この儂を置いて行くというのだな?」

「……はい」


 小さな声ではあったが、エルニアははっきりと迷いなくそう告げた。

 その言葉の余韻を感じながら公爵は口を開いた。


「よくぞ申した! それでこそヤンデール人というものだ」

「おじいさま! それでは私が行くことをお許しくださるのですか?」

「エルニアもヤンデールの民ならば当然のこと。好きになった相手はどこまでも追いかける。先回りして待ち伏せる。それがヤンデールの民というものだ」

「おじいさま、大好き!」


 飛びついた孫娘をヤンデール公爵はしっかりと抱きしめた。


「婿殿についていき、しっかりとご恩を返してくるのだぞ」

「はい!」


 二人は涙を流しながら喜びあっていた。

 もっとも、エルニアがついていくことをタケルはまだ了承していない。

 他国の人々に『うっかりヤンデール』と言われるとおりであった。


       ◇◇◇


 召喚したバンタイプの自動車に全員の荷物を積み終わった。

 このハイアースは資材などを運ぶ貨物車だけど、座席を置くこともできる。

 定員は最大一〇名だから、五人で乗っても余裕があるのだ。

 そう、僕らは五人で出発する。

 なんとエルニアさんが一緒に来ることになったのだ。

 一度は断ったのだけど、どうしても恩返しがしたいと押し切られてしまったよ。

 

「エルニア、風邪ひくなよ……」

「おじいさま!」


 涙の別れが済んで、僕はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


「婿殿、エルニアを頼みましたぞ!」


 僕は婿じゃないけど、涙にくれる老人の頼みは断れない。


「きっと、無事に帰ってきますからね」


 ハイアースは城門をくぐって街道へ向かう道へ出た。


「うわっ! なんでこんなに人が……?」


 城門から続く道には大勢の人が集まっている。


「ヤンデールを救ってくれた英雄にお礼を述べるために集まってきたのですわ。みんなに手を振ってあげてください」


 エルニアさんにそう言われて、柄じゃないけどウィンドウを下げて手を振った。


「キノシタ様、ありがとう!」

「キノシタ様、大好き!」

「キノシタ様、俺とキスしてくれ!」


 大勢の人に見送られて僕はヤンデール公国を出発した。



―――――――――――――――――――――――――

第二部を最後までお読みいただきありがとうございました。

次回より第三部に入ります。

どうぞお楽しみに。

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