第68話 ヴォルカン攻防戦


 魔人エモンダは有頂天だった。

 エルニアの監視、ロックザハットとの連絡役など、これまでは地味な仕事ばかりを請け負ってきたエモンダが一軍の大将に大抜擢されたのだ。

 率いるのは三千にものぼる援軍である。

 殺戮の快感を思ってエモンダは見悶える。


「いいか、人間どもは皆殺しだ。一人も生きて返すなよ!」


 偵察に出した魔物の報告によると、人間たちはヴォルカン廃坑に突入を試みている最中だというではないか。

 ならば、後方の注意は散漫になっているはずである。

 まさに千載一遇の好機といえた。

 現在、七大将軍には空席がある。

 死んだブリザラスの後任はまだ決まっていないのだ。

 ここで召喚者を血祭りにあげれば、自分がその席に座る可能性もゼロではない。


「進め! 進むのだぁあああ!」


 自らの空想に酔いしれながらエモンダは再び全軍に発破をかけた。


 森を抜けるとごつごつとした岩が点在する荒野になった。

 視界が開け、はるか彼方にはヴォルカンの山が見えている。

 人間どもは山のすそ野の入り口に集まり、廃坑への突入を試みている。

 入り口にあれほどの接近を許すとは、ロックザハット将軍はかなり追い詰められているのだろう。

 エモンダの口角が上がり、鋭い牙がむき出しになった。

 ここで人間を蹴散らせば七大将軍の一人に貸しを作ることになる。

 エモンダにとって悪いことではないだろう。


「人間どもを八つ裂きにするのだ!」


 周囲の魔物は雄たけびを上げてエモンダにこたえる。

 魔物たちは怒涛の進撃を見せ、一気にヴォルカン山へと迫った。

 ところが、先頭を走っていた魔物に何かが飛来し、魔物はもんどりうちながら大地へ転がった。

 その一体だけではない。

 魔物たちは次から次へと打ち倒されていく。


「なにごとだ⁉」


 山の中腹から飛んでくるのは無数の石礫であった。


「あれは……岩魔砲だと! 撃つな! 撃つんじゃない! 我々は味方だぞ!」


 エモンダの声は虚しくヴォルカンの荒野に消えていく。

 射撃はやむことなく続き、何十もの魔物が命を散らした。

 岩魔砲は山の中腹に据えられた、小さな建物の中から発射されているようだ。


「岩魔砲が人間どもに乗っ取られているのか? こうなったら仕方がない。力で押し切れ。岩魔砲を破壊するのだ!」


 数体の魔物が攻撃魔法を放った。

 属性はばらばらだったが、いずれも威力のある魔法だ。

 距離があるので、命中精度はよくないだろう。

 だが、当たれば岩魔砲は瓦礫の下敷きになるはずだった。

 ところがエモンダの目論見は外れる。


「どういうことだ? なぜ岩の建物が崩れない?」


 魔法の直撃を受けたというのに、箱形の建物はびくともしていなかった。


「ギエーッ!」


 戦場のあちらこちらで魔物たちが落とし穴にかかっていた。


「人間が仕掛けたトラップか! くそっ、慎重に進め!」


 だが、進撃速度が遅くなれば、それだけ岩魔砲の餌食になる味方が増えた。

 岩魔砲だけではない。

 射程圏内に入ったと見るや、ヴォルカンの山から無数の矢と魔法が飛んできた。

 いつの間にやら、山腹にはいくつもの射撃台が取り付けられていたのだ。


「おのれ、人間どもめっ! とにかく数で押し込め。撤退は許さん!」


 エモンダは全軍に向けて命令した。


       ◇◇◇


 フラフラの体をアイネとエルニアさんに支えてもらいながら僕は戦場を見下ろしていた。

 ローザリア軍は有利に戦を進めているようだ。

 エルニアさんが感心したようにうなずいている。


「やはり、岩魔砲を設置したトーチカの存在は大きいですね」

「うん……」


 魔物の援軍を迎え撃つにあたって、僕はヴォルカン廃坑を要塞化した。

 坑道の入り口を厳重にし、山の中腹にトーチカを三つ置いたのだ。

 トーチカというのは鉄筋コンクリート製の防御施設で、銃眼のある開口部以外は壁で完璧に保護されている。

 ガウレア城塞でも使った魔法触媒もコーティング済みだ。

 ちょっとやそっとの攻撃では崩れないほど頑丈である。

 そしてこの堅牢なトーチカに敵から奪った魔岩砲を設置した。

 もちろん壊した魔岩砲や台座は修理してある。

 他にも、上方から荒野が狙えるように兵士たちの射撃台を設置したり、あちらこちらに罠を仕掛けたりもした。

 丸二日に渡り不眠不休で働いたから立っているのもやっとだよ。


「敵の動きが鈍ってきましたわ。トラップの存在で疑心暗鬼になっているのでしょう」


 エルニアさんが戦況を説明してくれた。


「それじゃあ、そろそろあれが出動するね」

「タケノヅカ様とオノ様が張り切っていらっしゃいましたよ。あ、出てきました!」


 坑道の入口が開き、姿を現したのは大きなダンプトラックである。

 いわゆる一〇トントラックと呼ばれるものだ。

 運転しているのは竹ノ塚で、荷台には由美と魔法兵の精鋭が乗っている。

 聖弓の射手と魔法兵を乗せることによって、僕らは一〇トントラックをガントラックにしてしまったのだ。

 これは竹ノ塚のアイデアである。

 ガントラックとは運転席や荷台に装甲を施し、機関銃、機関砲、グレネードなどで武装したものだ。

 今回用意したトラックに装甲はないけど、竹ノ塚がマジックシールドを展開して防御力を極限まで上げている。

 その防御力は鋼板の比ではない。

 ひょっとしたら戦車より頑丈なんじゃないかな?

 一発くらいならミサイルの直撃だって耐えられるかもしれない、とまで竹ノ塚は言っていた。

 攻撃力だってすごいぞ。

 荷台には由美と四十名の魔法兵が乗っているので三六〇度の同時攻撃が可能なのだ。

 これが戦場に向けて走り出した。

 しかも、僕らはもっと恐ろしいガントラックを持っている。

 それこそが三郷さんが運転する二番機である。

 こちらはピックアップトラックに岩魔砲を積んだものだ。

 岩魔砲の威力はご存じだろう?

 だけど、これの真価はそこではない。

 この二番機はステルス機なのだ。

 そう、三郷さんの能力を使いトラックを完全に見えなくしているのだ。

 荷台に乗れるのは一人だけだけど、これは恐ろしいぞ。

 まったく見えないところから攻撃を受けるのだからね。

 三郷さんが僕に向かって大きく手を振り、二番機も発進した。

 白い車体はすぐに見えなくなってしまう。

 そうそう、竹ノ塚も三郷さんも運転免許は持っていないんだよね。

 とうぜん、自動車の動かし方なんて詳しくは知らなかった。

 だから、二人には工務店の社員になってもらっている。

 社員にさえなれば、どの重機でも操縦できることがわかったからだ。

 もちろん、技術は経験によって磨かれるけど、とりあえずは大丈夫だろう。


「もう勝敗は決したと言っていいでしょう。タケル様はお休みになったらいかがですか?」

「クラスメイトが命をかけて戦っているんだ。僕だけ寝ているわけにはいかないよ」


 最後まで何が起こるかはわからない。

 いざという時のためにここで体を休めながら待機しているとしよう。

 今は少しでも魔力を回復させないとね。

 もうセティアの薬も底をついてしまったのだ。

 そうそう、赤マムリン・プレミアの最後の一本は一番機に乗る魔法兵に飲ませたんだ。

 攻撃力を少しでも底上げするためにね。

 人数分はなかったから、コーラ割りにして配ったんだけど、効果はあったようだ。

 体感で攻撃力が一五%ほどアップしたと聞いている。

 それにしても大丈夫かな?

 赤マムリン・プレミアってあれじゃない……、副作用があるじゃない?

 うん、飲むと大事なところが固くなっちゃうあれね。

 魔法兵はコーラ割りとはいえ、あれを飲んだんだよなあ……。

 今頃荷台で固くしているのだろうか?

 ストレートじゃないからフル〇っきじゃないと思うけど、半〇ちくらいにはなっているかもしれない……。

 ひょっとして十五パーセント……。

 なにはともあれ頑張ってほしいものだ。

 こんなくだらない心配ができるくらい、ローザリア軍は圧倒的だった。

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