第67話 大将を討ち取ったり!

 竹ノ塚がとっさに張ったマジックシールドが、すんでのところで僕たちを岩魔砲から守った。

 数えきれないほどの石礫が砕けて砂礫になっていく。

 竹ノ塚のシールドはロックザハットの攻撃を完全に防いでいるけれど、反撃のチャンスがなかった。


「攻撃が途切れないから狙撃できない」


 一度は狙撃体制を取った由美だったが、ロックザハットの速射を避ける形で穴のふちに隠れた。

 言ってみれば、ライフル対機関銃の戦いみたいなものかな?

 一発の威力は由美の方が上だけど、弾幕を張られて攻撃のタイミングを逸しているのだ。


「あーしのステルスで姿を消して撃てばいいんじゃない?」

「技を仕掛けるときの魔力反応で探知されるよ」


 顔を出せば、ロックザハットはすぐに岩魔砲を撃ってくる。

 これじゃあ、手の出しようがないぞ。

 穴に土をかぶせてしまうという手もあるけど、ロックザハットだって土魔法のスペシャリストだ。

 僕が送り込む土砂を排除してしまう可能性だってある。

 だったら……。


「弾が飛んでこなければいいわけだろう?」

「木下、何かいい案があるのか?」

「うまくいくかわからないけど、やるだけやってみる!」


 ロックザハットの視界に入らないように気を付けながら、僕は穴の縁に消火栓を次々とつけていった。

 これ一つで毎分一三〇リットルの水が出る。

 とりあえず十個付けたから毎分一三〇〇リットルの注水が可能になった。

 家庭用お風呂の容量は、およそ二〇〇リットル~二八〇リットルだ。

 そう考えれば、穴を水で満たすにはまだまだ足りない。

 だけど、ロックザハットは焦っているようだぞ。


「な、水だと⁉ どこから湧いて出た?」


 慌てているな。

 土は魔法で操れても、水は得意じゃないのかもしれない。

 だが、ロックザハットもばかじゃなかった。


「そんなものは、こうしてくれるっ!」


 うわ、岩魔砲で消火栓を狙撃してきたぞ。

 内部に仕込んだ転送ポータルを破壊されたら、水は止まってしまう。


「竹ノ塚、消火栓を守って!」

「よっしゃあ!」


 竹ノ塚はすぐさまマジックシールドを展開して消火栓を守ってくれた。

 これで消火栓を壊されることはないな。

 だけど、水はロックザハットの足を覆ったくらいでまだまだ足りない。

 僕は無我夢中で消火栓を増やしていく。

 流れ込む水の量は徐々に多くなり、ロックザハットの焦りも濃くなってきた。


「くそが! こうなれば土魔法で……」


ロックザハットは土魔法を展開して自分のいる場所の地面を隆起させようとした。


「くらえっ!」


 お、すかさず由美が攻撃を開始したぞ。

 大技はチャージの隙ができるから、威力の小さい攻撃を当てにいったな。

 すぐに岩魔砲の反撃を受けたけど、土魔法はキャンセルされている。

 よし、少しずつながら水は穴の中を満たしはじめた。


「クッ、このままでは……」


 よし、ロックザハットの膝が水に埋まり動きが目に見えて鈍くなってきたぞ。

 この調子でもっと消火栓を増やさなきゃ!


「沈め! 沈め! 沈めぇええええ!」


 消火栓の数は百個を超え、毎分一三〇〇〇リットル以上の水が穴の中に注ぎ込まれている。

 今や一秒でお風呂がいっぱいになる勢いだ。

 正確にいくつあるのか、もう僕にもわからない。

 とにかく無我夢中だった。

 気が付くと石礫が飛んでこなくなった。

 岩魔砲が完全に水没したからだろう。

 そういえば聞いたことがある。

 銃弾って、水の中だとほとんど威力を発揮しないそうだ。

 水の抵抗を受けて推進力がなくなってしまうんだって。

 岩魔砲から打ち出される石礫もここまでは届かず、途中で落ちて水の中にぽちょんと戻っていく。

 やがて、それさえもなくなった。


「木下君、ちょっと水を止めてみて」


 今中さんに頼まれたけど、簡単にはいかなかった。

 だって、消火栓は百個以上あるのだから……。

 順番に止めていき、最後の一つを閉めるころには、水は穴のふち近くまでせりあがっていた。

 竹ノ塚がシールドを張りながら穴の奥を覗き込む。


「だめだ、何にも見えねえ」


 穴は三〇メートルもあるので底の方は全く見えない。

 三郷さんもステルスで身を隠して穴を覗き込んでいる……らしい。

 僕には声しか聞こえなかった。


「あいつ、浮いてこないね」

「体が重いからかな? 魔人って水の中でも息ができるの?」

「さあ? ただ、索敵しても生命反応や魔力反応は感じられないんだよね」


 斥候だけあって、三郷さんの索敵能力は抜群だ。

 その三郷さんが反応なしと言っている。


「じゃあ、死んでいるってこと?」

「偽装しているか、仮死状態になっているんじゃなきゃね……」

「水を抜いてみるしかないか……」


 そう言うと、四人は緊張した表情でうなずいた。



 排水にも転送ポータルを使った。

 穴の底部に排水装置をつけて水を抜いていく。

 警戒を解かずに見守っていると、三郷さんが声を上げた。


「見えた!」


 まだ水の中だけど、ロックザハットが穴の底で倒れている。

 ピクリとも動かないけど、本当に死んでいるのか?


「念のために一発撃ちこんでおくね……」


 由美が聖弓で攻撃したけど、ロックザハットはうめき声ひとつ漏らさなかった。

 死因はまさかの窒息死だった。


「すげーじゃねーか、木下。氷魔将軍に続いて岩魔将軍まで討ち取っちまったぜ!」

「ええっ、僕が?」

「うん、すごいよ、キノちゃん」


 今中さんも由美もうなずいている。


「いやいやいや、これはみんなで戦った結果でしょう? 僕一人でやっつけたわけじゃないから」

「謙遜すんなって」


 本当に謙遜しているわけじゃない。

 僕一人が突入していたら確実に返り討ちに遭っていたはずだ。

 トンネルの作製だって、ピリット将軍率いるローザリア軍が敵の注意を坑道の入口に引き付けてくれていたおかげでうまくいったのだ。


 でも、カランさんが僕の手柄を喜んでくれるのは嬉しかったな。

 いつの間にか坑道の奥深くまでやってきていたのには驚いたけど……。


「カランさん、どうしてここに?」

「私は伯爵のサポート役です。おそばにいるのは当然でしょう」


 危険を顧みずに来てくれたんだ……。

 任務に忠実であるのだろうけど、僕を心配してくれたからという側面だってあると思う。


「伯爵、お見事でございます」

「ありがとう、カランさん」

「早速報告書をしたためます。皆様の活躍を大々的に伝えましょう。これで私の出世も間違いありません。次のボーナスが楽しみです」


 半分は自分のためか……。

 でも、カランさん、アイネ、セティアの献身的なサポートのおかげで作戦は成功したのだ。

 戦闘って裏方さんの力が大きいと思うよ。

 ただ、喜んでばかりもいられないんだよな。


「ボーナスは楽しみだけど、まだやることが残っているよ」

「坑道内にいる魔物の掃討ですね」

「うん、それから魔物の援軍もなんとかしないとね」


 掃討作戦は比較的楽だろうという話だった。

 こちらが想定していたほど、魔物の数は多くなかったからだ。

 背後から奇襲をかければ、半日くらいでカタはつくらしい。

 問題は魔物の援軍だ。

 そう、援軍はあと二日でここへきてしまうのだ。

 偵察部隊の報告によると、その数はおよそ三千の大部隊である。

 対してローザリア軍は千五百。

 ヴォルカン坑道に立てこもるとしても、数で押し切られてしまう恐れがあるらしい。

 竹ノ塚が悔しそうにつぶやいた。


「残念だが、ここは撤退するしかねえ。援軍は要請しているけど、到着は三日後になるってよ。一度ローザリア方面まで下がって援軍と合流するか」


 魔軍がやってくるまであと二日か……。


「僕に考えがあるけど、聞いてもらえる?」


 ちょっと大変だけど、工務店の力を発揮すれば何とかなると思った。

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