第65話 ヤンデール公爵


 魔族の援軍が到着する二日前、僕らはついにトンネルを坑道奥までつなげた。

 ロックザハットの執務室はすぐそこのはずだ。

 ヤンデール公爵が捕らえられている牢屋も近い。

 掘り繋げるのに、残り一時間もかからないくらいだろう。


「ついにここまで来ましたね……」


 ずっと作業を手伝ってくれたエルニアさんが涙ぐんでいる。

 おじいさんとヤンデール公国を解放するためにずっと頑張ってきたのだ。

 狭い穴倉の中で、ろくにお風呂も入れず、つらい労働に耐えてきたけど、それももう少しで報われる。


「よく頑張りましたね、エルニアさん」

「タケル様のおかげです。私はどうやってご恩返しをしたらよいでしょう?(言って! だったら俺の女になれと言ってくださいましっ!)」

「お礼なんていらないですよ」

「そんな……(チッ!)」


 感動のせいだろうか、エルニアさんは両手で顔を覆ってうつむいてしまった。


「まだ公爵を救出できたわけじゃありません。先を急ぎましょう」

「キノちゃん、私が認識阻害の魔法で補助するから、坑道が見える覗き穴を作ろうよ」


 三郷さんの提案で、覗き穴を作ることにした。

 敵に気づかれないように注意を払いながら、まずはトンネルを坑道の上までつなげる。


「よし、天井部分に小さな穴を掘るよ。認識阻害の魔法をお願い」


 魔力を流し込んで直径一センチほどの穴を開けていく。

 魔法のおかげで異変に気が付く魔物はいないだろう。

 ただ、石や砂が下にこぼれないようには気を付けた。

 三郷さんの補助があるとはいえ、小石が頭に当たればさすがにバレてしまう恐れがあるからね。


「よし、穴が開いたぞ」

「え~、これじゃあなんにも見えないよ」


 穴は一メートル以上あり、細くて長い。

 覗き用としては役に立たないのはわかっている。


「穴の先端に超小型のカメラを取り付けるんだ」

「さすがはキノちゃん、覗きのプロ!」

「それは斥候スカウトの三郷さんだろう? 僕は除きのプロじゃなくて工務店ね」


 カタログからカメラの一覧を開いた。


「これがいいんじゃない?」

「お、便利そうだね」


 三郷さんが選んだのはパイプカメラと呼ばれるタイプのものだ。

 お医者さんが使う内視鏡にも似ている。

 工務店も、床下や屋根裏、壁の裏側なんかを検査するときに使うことがある。

 五インチのスクリーンもついているから便利だろう。

 魔力を消費してパイプカメラを作り出し、さっそく穴に通した。


「奥に来たからかな、ここら辺は随分整備されているぞ」


 モニターに映し出された通路は広く、部屋数も多くなっている。

その分だけ行き交う魔物も多くなっているなあ……。

 一緒に覗いているエルニアさんに確認を取った。


「公爵が幽閉されている場所はこの先を左だよね」

「そうです。おじいさまはその先の牢にいるはずですわ。気をつけてください。正面の扉は岩魔将軍ロックザハットの居室ですから」


いよいよか……。

すでに内線で竹ノ塚たちには連絡済みだ。

まもなく、みんな揃うだろう。

そうなれば最後の作戦が開始される。



 トンネルの中で待っていると、運搬車が近づく音が聞こえてきた。

 運転は竹ノ塚、荷台には今中さんと由美が乗っている。


「お疲れさま。ついにこの時がきたね」


 今中さんは元気よく荷台から飛び降りた。

 今日も聖女オーラ全開だから、見ているだけで心が洗われるようだ。


「まずは親玉の面を拝んでやろうぜ」


 竹ノ塚はそう言ったけど、僕は先に公爵を救出することを主張した。

 まんがいちロックザハットを討ち取れなくても、侯爵の救出は確実に成功させたかったからだ。


「確かに、公爵救出の方が簡単だもんな」

「私もキノちゃんに賛成」


 みんなの同意を得たので、まずは牢屋に向けてトンネルを掘り進めた。

 掘り進めること一五分、侯爵の牢屋近くまでやってきた。

 再びパイプカメラを使って牢屋と周辺を調べていく。

 牢屋の周囲は暗かったけど、赤外線搭載のカメラなので映像はくっきりしている。

 これ、本当に便利だな。

 潜入作戦などに携わる特殊部隊がいるのならプレゼントしてあげたいくらいだ。


「見張りは魔物が一体だね……」

「え、モニターには映っていないけど……?」

「岩のところに擬態している奴がいるんだよ。キノちゃんもまだまだ甘いな」


 さすがは斥候の三郷さんだ。

 僕だけだったら見落として、敵に殺されていたかもしれない。

 これを戒めとして気を引き締めるとしよう。


 僕が明けた穴から由美が飛び出し、一撃のもとに魔物を葬り去った。

 聖弓の射手の名は伊達じゃないな。

 その気になれば最大射程は五〇〇〇メートルにも及ぶらしい。

 今は威力を相当抑えて撃ったそうだ。

 やはり戦闘ではクラスメイト達には敵わない。

 僕は僕の仕事をするとしよう。

 トンネルを牢屋の内部につなげた。

 うまい具合に、ここには光が届いていない。


「おじいさま」


 エルニアさんが声をかけると暗闇の中で影が揺れた。


「その声……、まさかエルニアか?」

「おじいさま!」


 エルニアさんは牢屋の中に駆け込み、公爵に縋りついた。


「おお、エルニア! どんなに会いたかったか……」


 感動の再会に水を差すのは気が引けたけど、僕は声をかけた。


「お静かに、魔物に気づかれてしまいます」


 エルニアさんと公爵は声を潜めた。


「申し訳ございません」

「これはすまなかった。ところで貴殿は?」

「詳しいことはトンネルの中で。すぐに移動しましょう」


 エルニアさんと公爵に肩を貸してトンネル内へ移動した。

 それから穴をしっかりと塞ぐ。

 追跡なんてできないように一〇メートル以上を塞いで固めておいた。

 これでもう安心だ。

 エルニアさんと公爵は支えあって立っている。

 互いの顔が見えるように照明をつけてあげよう。

 でも、公爵は目が慣れていないだろうから明るすぎないように気を付けないとね。

 急に明るくしたら失明するおそれもあるらしい。

 手元のスイッチでランプを一つだけ灯した。

 オレンジ色の光の中に老侯爵の巨体が浮かび上がる。

 肩を貸した時も感じたけど、ずいぶんと大きな人だなあ。

 身長は一九〇センチくらいありそうだぞ。


「おお、エルニア! ……なにその化粧?」


 そっち?

 照明に浮かび上がったエルニアさんの地雷メイクを、公爵は穴のあくほど見つめている。


「こ、これはここのところ気に入っているメイクで……」

「いい! とてもいいぞ、エルニア!」

「やっぱり⁉ おじいさまもそう思われますか?」

「うむ、素晴らしいぞ! これぞヤンデールの民にふさわしい装いだ。国が復興したら、この文化を広めなくてはならないな」

「そうでございますとも!」


いやいや、復興しても、もっとやることがあるでしょう……。


「ところで、エルニア、この方々は? 私に恩人たちを紹介してはくれんかね?」

「そうでした」


 エルニアさんは僕たちのことを公爵に紹介してくれた。

 特に僕のことは念入りに……。

 聞いていて恥ずかしくなるほど褒めちぎってくれたよ。


「なるほど、貴殿らには返しきれない恩ができてしまったのだな」

「そんなことは気にしないでください」

「いやいや、このストーカス・ヤンデール、受けた恩には必ず報いる」


 公爵は大きな胸をドンと叩いてから、僕の肩をがっしりと掴んだ。

 まるで、お前を逃がさないと言わんばかりに……。


「特にキノシタ伯爵にはエルニアを娶っていただき、ヤンデールの大公になっていただかなくてはなるまい!」

「やだ、おじいさま賢すぎ!」

「じゃろ、じゃろ?」


 じゃろってなんじゃろ?

 教頭先生がよく言うダジャレが頭をよぎる。

 あれはなんだったのだろう?


「いやあ。そういうのはいらないです。僕は工務店ンであって大公なんて器じゃないんで」


 政治や経済のことなんてわからないよ。

 たしか経済っていうのは経世済民けいせいさいみんの略だ。

 世の中をよく治めて、民を救うという意味らしい。

 経は統治、済は救うという意味ね。

 社会の丸山先生が言ってたよ。

 そんなだいそれたことを若造の僕にできるはずもない。


「謹んでご辞退申し上げます」

「そこをなんとか!」


 泣きそうな顔をして言われてもなあ……。


「木下、早く行こうぜ!」


 用意を整えた竹ノ塚に声をかけられた。


「時間を空けずにロックザハットの討伐へ行かなくてはなりません。まずは運搬車で避難してください」


 まだ最終決戦が残っているのだ。

 こんなところで長々と話をしている余裕はない。

 ヤンデール公爵もわかってくれたようで、掴んでいた肩をようやく放してくれた。


「ご武運をお祈り申すぞ、婿殿!」


ぜんぜんわかっていないな、この人……。

 二人のヤンデール人を見送って、僕らは最終決戦の場へと向かった。

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