第64話 寝たらスッキリ 新しい力を手に入れました!


嫌な夢を見た。

それはもうひどい夢だった。

僕のトンネルは間に合わず、早めについた魔物の援軍がローザリア軍を背後から襲ったのだ。

鎧を幾本もの槍で貫かれて絶命する竹ノ塚。

体を貪り食われる今中さん。

カランさんやアイネたちもひどい目に遭っていた。

もうね、最悪中の最悪、これ以上ないくらいドン底の夢だったよ。

で、そこから僕はおかしくなっていった。

仮眠をとることすら怖くなって、不眠のままひたすらトンネルを掘ったのだ。

休憩はご飯とトイレくらい。

アイネが心配して声をかけてくれたけど、僕の心には届かなかった。


「お湯を持ってきましたよ。着替えの前にお体を拭いてさしあげます。すっきりいたしましょう」

「いや、いいんだ……」


 竹ノ塚も僕を気遣ってくれる。


「木下、大丈夫だから少し休めよ。偵察部隊から報告があった。魔物の軍勢はまだ到着しないって」

「うん、でも何が起こるかわからないから……」


 カランさんも厳しい声で叱ってくれる。


「伯爵はもうずいぶん寝ていらっしゃいません。少しお休みください」

「もう少しで予定ポイントなんだ。ロックザハットまでもうちょっとだから……」

「でも、最終段階では敵に気づかれないように、繊細な魔力操作が必要になります。今の状態でそれができますか?」

「大丈夫、大丈夫! 一気にいっちゃうから。セティア、追加の赤マムリンをちょうだい」


 フラフラの僕は魔法薬と回復魔法に頼って作業を進めている。

 赤マムリンの摂取量は倍に増えていた。


「ど、ど、どうぞ」


手渡された薬を僕は一気に飲み干した。

あれ、おかしいぞ?

これを飲めば体が熱くなって目が覚めるはずなのに、なんだか瞼が重くなってきた。


「これ、なんか……へん……」


崩れ落ちる僕の体をアイネが優しく支えてくれた。


「ご自分の体調管理もできない、本当にダメなご主人様。こんなになるまで頑張って……」


 アイネもおかしいぞ?

 普段なら大喜びするはずなのに、僕のダメな姿を見て泣いている……。

 完全に意識を手放す前に、カランさんとセティアの会話が聞こえてきた。


「よくやってくれました、セティア。これで伯爵も少しは寝てくださるでしょう」

「よ、よろしかったのでしょうか? 伯爵をだましてしまいました」

「これも伯爵のためです。責任は私が負います」


 僕は違うものを飲まされてしまったの……か……。

 回路が途切れるように、プツリと意識が途絶えた。



体の奥から沸き起こる活力を感じて、僕は目覚めた。

今中さんが手と首の付け根に触れながら、魔力を送り込んでくれているところだった。

アイネ、セティア、エルニアさんも心配そうに僕の様子を覗き込んでいる。


「そのままだよ。そのまま体を楽にしていてね」


そうか、眠ってしまったんだな……。

ああ、回復魔法が気持ちいい……。

細胞の一つ一つが生き返るようだ……。

って、おいおい、こんなときにのんびり寝ていたのか!?

意識がはっきりしてくると、僕は一気に身を起こした。


「何時間寝ていた? 敵の援軍は?」


 矢継ぎ早に質問する僕を今中さんは聖女の微笑みで受け止める。


「四時間くらいよ。敵の援軍もまだ来ていないわ」

「よかった……」


体から力が抜けて、再び手を地面についた。


「だいぶ頑張りすぎたみたいね。精神的に追い詰められていたんだと思う。ストレスを軽減する魔法をかけてみたけどどうかな?」


 ストレス?

 そういえば、胸の底にあった強迫観念みたいなものがなくなっているような……?


「頭がどうかしていたみたいだよ……。寝たらだいぶスッキリした。たぶん、今ならまともな判断ができると思う」


 赤マムリン・プレミアと回復魔法があれば永久機関みたいに働けるとおもったけど、それは考えが甘かったようだ。

 人間はやっぱり寝ないとダメだね。

 脳に深刻なダメージを受けてなければいいけど、平気かな?

 今中さんが握っていた手を離した。


「はい、もういいよ。体に不調はない?」

「うん、大丈夫みたい……、おおうっ!」


 自分の体を点検していたらとんでもないことがわかったぞ。


「どこかおかしなところがあるの?」


 治療を続けようとする今中さんを止めた。


「そうじゃないんだ。ただ新しいスキルを身につけたみたい」


 なんと、僕は重機や工事関係車両なんかを出せるようになった。

 必要なときに呼び出して使うって感じかな。


「重機っていうと、ブルドーザーとかクレーンとか?」

「そうそう、今中さんの言うとおり」


 異世界工法に重機は必要ないんだけど、あればあったでありがたいよね。

 社員に重機を使う作業を任せたっていいのだ。

 重機を呼び出すときは、種類に応じて相応の魔力が消費される。

 小型のユンボ程度なら魔力量は少なくて済むけど、超巨大な油圧掘削ショベルカーなんかになると、保有魔力量の半分とかを持っていかれてしまうようだ。

今はトンネルを掘らなければならないから、無駄な魔力は使いたくない。

でも、少しくらい試してみたいのが工務店の性というものだ。

というわけで、僕はカタログを開いた。


「お、これなら消費魔力は少なめで済みそうだぞ」


僕が選んだのは魔導モーターで動く運搬車である。

屋根やドアはなく、完全なオープンタイプだ。

前部は一人用の運転席になっていて、後ろに荷台がついている。

最大積載量は八〇〇キログラム。

最大速度は一五キロ。

これなら音もうるさくないから、トンネル内で使用しても平気だろう。

アイネが僕の肩に手をかけながらカタログを覗き込んでいる。


「おもしろそうな荷車ですね」

「だろう? これをアイネとセティアのために呼び出すよ」

「私たちのために?」


 水や地盤の脆いところを除けて掘っているので、トンネルの長さは一〇キロメートル以上になっているのだ。

それなのに、アイネとセティアは食事や薬を届けるために毎日せっせと往復してくれている。

運搬機があれば二人も楽になるだろう。


「操縦は簡単だから、今後はこれを活用してね」


 運搬車を呼び出すとアイネは僕に抱きつき、セティアは泣いてしまった。


「わ、私、こんなことをしていただく資格がありません。私は、こともあろうに伯爵にお薬を盛ってしまいました!」


 セティアはずっとそのことを気に病んでいたようだ。


「いいんだよ、僕のためにやってくれたんだろう? おかげでまだまだ頑張れそうだよ」


極度の緊張を経てレベルがあがったのかな?

おかげで便利なスキルを身につけた。

だけど、あのまま暴走していたら、失敗をしていたんだろうなあ。

休ませてくれたみんなには感謝しかない。

 前線基地へ帰っていく二人を見送ってから、僕はトンネル掘りを再開した。

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