第63話 戦友
◎◎◎
エルニアと対峙した魔人の声に微かな怒りの響きが交じっていた。
タケル様に侵入されてピリピリしているのだわ、エルニアはそう判断したが顔には出さなかった。
「人間どもに動きはないか?」
「前にも話したでしょう。ローザリア軍は援軍を待っているのよ」
「詳しいことがわかったのか?」
前のめりに質問してくる魔人に対して、エルニアは事務的な態度を貫く。
「教える前に確認させて。おじいさまは無事なんでしょうね?」
「ふん、多少元気はなくしているが、生きてはいるぞ。孫に合わせろとうるさくてかなわん。なんなら合わせてやってもいいぞ」
魔人がそこまで言うのならヤンデール公爵は無事なのだろう。
エルニアはほっと胸をなでおろした。
「帰りが遅くなればキノシタに怪しまれるかもしれないわ。面会は今度にしましょう……」
もう少しだ、もう少しでおじいさまを救出できる、エルニアは自分にそう言い聞かせる。
「よかろう。それでは教えてもらおうか」
エルニアは用意していた答えを淡々と語りだした。
「あれから少し調べてみたわ。援軍というのは軍隊じゃなくて召喚者よ」
「新手の召喚者が送り込まれてくるのだな。名前とジョブはわかるか?」
「それも調べてあるわ。名前はヨシダ、爆炎の魔術師と呼ばれているそうよ」
「なんだと!」
爆炎の魔術師と聞いた魔人の狼狽ぶりはひどかった。
胸の内でエルニアが苦笑したほどである。
「その召喚者なら聞いたことがある。なんでも爆炎竜という技を使うそうだ。そんなものを狭い坑道に撃ち込まれたら……」
「…………」
冷ややかな眼差しのエルニアに魔人は質問を重ねた。
「ヨシダの到着はいつになる?」
「当分先みたいよ。なんでも南のマイアミルから来るみたいですから……」
これは偽情報なのだが魔人はその言葉をたやすく信じた。
マイアミルはローザリアの最南端である。
「では到着には十日以上あるということだな」
「でしょうね。キノシタたちも時間がかかりすぎるって嘆いていたから」
「よしよし……。ところで」
魔神は鋭い視線をエルニアに投げかけた。
「昨日、人間どもが坑道に侵入してきた。何か聞いていないか?」
この質問は想定済みである。
エルニアはまたもや用意しておいた答えで応じる。
「斥候というジョブを持った召喚者がいるの。そいつが坑道内を調べにいったみたい。推測でしかないけど、ヨシダに攻撃ポイントを教えるためじゃないかしら」
「そういうことか。小癪な真似をしおって……」
エルニアは無表情を取り繕い、事務的に言葉を重ねる。
「もうこれくらいでいいかしら? そろそろ帰らないと本当に怪しまれるわ」
だが、魔人はエルニアを引きとめた。
「最後にもうひとつ訊かせろ」
「なに?」
「その化粧は何だ?」
「え、お化粧?」
意外な質問にエルニアは戸惑った。
この質問は想定外だ。
魔神は首を傾げながらエルニアの顔を覗き込んだ。
「見慣れぬ風体になった。何か意味があるのか?」
「こ、これはタ……キノシタが好きなメイクよ。こうしているとキノシタはすごく喜ぶの!」
「ほう……」
「まるでお人形みたいだ。こんなに美しいドールは見たことがないって、大変なんだから……」
「そ、そうなのか。やはり異世界人というのはよくわからんものだな。それじゃあ俺はいくぞ」
かぎ爪の付いた翼をはためかせ、魔人は月のない夜空へ消えた。
だが、エルニアはそのことに気が付いていない。
「タケル様は、じゃなかった、キノシタはお人形遊びが大好きなの。私のためにいっぱいドレスを用意してくれて着せ替え遊びをするのよ。ちょっとエッチな服もあるけど、私も楽しみながら着替えるわ。そうやって綺麗になった私をお膝に乗せてくださるの。今夜はどんなドレスかしら?」
シパタパタパタッ!
今夜も、妄想の翼は音を立てて羽ばたいていた。
◇◇◇
トンネルを掘って、掘って、掘りまくった。
魔力が尽きれば赤マムリン・プレミアムを、体力が尽きれば回復魔法をかけてもらって、僕は無敵状態だ。
おかげで作業は進むけど、寝ていないので深夜テンションみたいな感情が続いている。
矢でも鉄砲でも持ってこい!
僕は絶対負けないぞ!
何人たりとも、きのした魔法工務店を止めらないのだ!
そんなふうに感情が高ぶっているときに小川由美はやってきた。
クラスメイトが交代で護衛をしてくれているのだ。
いずれこうなることは予想がついていたけど、いざこの状況になってみると居心地が悪かった。
僕たちが付き合っていたことを知っている人間は少ない。
知っていれば竹ノ塚たちも気遣ってくれたかもしれないけど、そのようなこともなく今に至っている。
特に話すこともなかったので僕は黙々と作業を進めた。
だけど、エルニアさんが疲れて仮眠をとると、由美の方から話しかけてきた。
「花梨と仲がいいんだね」
「そうかな?」
「花梨、武尊のことばっかり話してるもん。からかうとおもしろいとか言ってたよ」
由美がまだ僕のことを武尊と呼ぶのが意外だった。
「一緒に任務を遂行したから、信頼関係は深まったかな。この感覚、由美だってわかるだろう?」
「うん。いきなりこんなところに来て、一緒に戦って、家族とはまた別の絆が生まれてるって感じかな」
生と死の狭間で、同じ時間を共有した者だけが知る何かがそこにはある。
僕らはまた沈黙した。
ヴォルカンの穴に反響するのは、トンネルを掘る音だけだ。
沈黙を破って由美が言葉を発した。
「まだ……恨んでいるよね……」
作業に没頭している僕は振り返らないから、由美の様子は見えない。
でも、きっと眉尻を下げるあの癖は変わらないのだろう。
困ったときはいつもしていた由美の顔をまだ覚えている。
もう鮮明に覚えているわけじゃないけど。
「思い出したら腹は立つよ。だけど、戦いの中で由美が死ぬのは嫌だな。誰にも死んでほしくないし、生き残って幸せになってほしいよ」
由美は自分でなく、あの先輩を選んだ。
その事実は僕にこの上ない劣等感を植え付けた。
少し前まで、それは僕にとって一生消えない心の傷になると思っていた。
だけど、そうじゃなかったんだ。
あの日、スノードラゴンがガウレア城塞を襲った晩、僕は逃げなかった。
工務店の力とかそういう問題じゃない。
僕は仲間を置いて逃げなかった。
その事実が大きな自信になっているのだと思う。
すでに由美に気持ちは残っていない。
それは向こうも同じだと思う。
こちらに来て一年も経っていないけど、高校生だったことがずいぶん昔のことに思える。
すべてはもう、遠い過去のことだ。
由美は危険な作戦でも、身を挺して戦っていると竹ノ塚が言っていた。
そのために負傷したこともあると今中さんが教えてくれた。
由美もこちらに来て、人々のために頑張っているのだ。
僕らは恋人ではいられなかったけど、戦友にはなれるかもしれない。
「武尊は変わらないね……」
「そんなことない。僕は変わったよ」
「そうだね。うん、前よりずっと立派になった」
「逃した魚の巨大さを知るがいい……」
ぼそぼそと、聞き取りにくい声が聞こえた。
「何か言った?」
「ううん、エルニアさんの寝言みたい」
「ああ、そうか」
振り返ってエルニアさんを見ると、ガッツポーズのまま固まっていた。
おもしろい寝相だなあ。
ヤンデール公国を解放する夢でも見ているのかもしれない。
「よし、もう少し頑張るとするか」
僕は再びトンネルを掘り出した。
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