第61話 緊急脱出

緊張しながら通路を進むと、二体の魔物がいた。

 二足歩行のヤモリみたいな魔物だ。

 革の鎧を身に着け、ラウンドシールドと短槍で武装している。

 どうやら荷物の運搬をしているようだ。

 魔物たちはしゃべれるようで、しきりと愚痴をこぼしていた。


「まったく、いつまでこんなところに閉じこもってなきゃならないんだ? 久しぶりに外へ出て美味い肉を食いたいなあ」

「バーカ、今出ていったら召喚者の餌食になるぞ。向こうには弓の名手がいるんだ。光の聖弓で心臓を射抜かれちまう」


 きっと小川由美のことを言っているんだな。


「まあ、それもこれもあと四日の辛抱さ」

「どういうことだ?」

「あれ、お前はまだ知らなかったのか? あと四日したら三千の援軍がやってくるんだよ」

「おお! 本部に連絡がついたのだな」

「ああ、参謀のフラウダートル様が派遣してくれるそうだ。ククク、人間どもの慌てる姿が目に浮かぶようだ」

「さすがの召喚者も背後から奇襲されれば度肝を抜かれるだろうな」

「ああ、援軍が敵の背後を取ったら我々も討って出るそうだ。人間どもを挟み撃ちだ」


 魔物たちは鋭い牙を見せて笑っている。

 吐き気を催す奴らの口臭が僕たちのところまで漂ってきた。


「なあ、召喚者の肉って美味いのか? 噂によると、召喚者の肉を食えば強くなれるらしいぞ」

「それなら俺も聞いたことがある。どうせなら、あの聖女の肉を食ってみたいものだ」


 三郷さんがそっと合図した。


「キノちゃん、行こう。早く知らせないと」

「そうだね。でも、残りの岩魔砲はすぐそこだよ。そいつだけはつぶしておこう」


 僕たちは岩魔砲へ向かって走った。

 そして首尾よく砲身にコンクリートを詰め込んでいく。

 先ほどと同じように台座も壊しておいた。


「これで任務完了だね」

「違うよ。無事に帰還するまでが任務です」


三郷さんの言うとおりだ。

目で合図を交わし、僕らは来た道を引き返した。

と、ここまでは順調だった。

必要な情報は手に入れたし、兵器やトラップも使用不能にできた。

だけど、ヴォルカンの穴はそこまで甘くはなかったのだ。


「おい、大変だ!」


 前方の闇から魔物の声が聞こえた。


「どうした、敵が攻めてきたのか?」

「そうじゃない。だが、おかしいんだ。起動しないトラップがある」

「どうせ、いつもの故障だろう?」

「いや、一つや二つなら故障かもしれないが、様子のおかしなトラップはたくさんあるんだ」


 まずい、バレてしまったか!

 ぱっと見ではわからないようにしていたのだけど、この魔物はトラップの点検をしていたようだ。


「ひょっとしたら敵が侵入しているのかもしれないぞ。俺は将軍に報告してくる。お前は警戒を強めさせてくれ」

「わかった!」


 やがて、坑道の各所からカチカチと歯を鳴らすような音が響きだした。

 きっとこれが魔物にとっての警戒の合図なのだろう。


「これは、ちょっとまずいね……」


 三郷さんが緊張している。


「どうしたの、三郷さんのステルスは完璧だろう?」

「敵が警戒をしていなければね。でも、相手がその気なら、こちらもステルスのパワーを上げないとダメなんだ。そうなると魔力消費はさらにひどくなる」


 しかも、今回は僕という随伴者がいる。

 それだけ魔力消費量も多くなるのだ。


「時間はかかってしまうけど、どこかにトンネルを掘ろうか? そうすれば安全に帰れるよ」

「それはダメ。二人の魔力が干渉しあって姿を隠せなくなる。掘っている途中で見つかったらそれこそゲームオーバーだよ」

「だったら……」

「急いで帰るしかない」


 三郷さんはそう言って赤マムリンを一気に飲み干した。


「ステルスを最大効果で使うから、タイムリミットはもって三十分だよ」

「わかった」

「私に触って離すんじゃないよ」

「了解!」


 暗闇の中で何度も躓きそうになりながらも、僕らは先を急いだ。



 見覚えのある通路まで戻ってきた。

 突入した資材置き場までは残り三〇〇メートルほどだ。


「キノちゃん、私、もう歩けない……」


 魔力の枯渇か。

 でも、予備の赤マムリンはもうない。

 どうにも力が入らないようで、三郷さんはその場にぺたんとお尻をついてしまった。

 ステルスの魔法も解けかけている。


「僕が背負っていくよ。もう少し頑張ろう」

「うん……」


 力の入らない人を持ち上げるのは大変だった。

 ぐんにゃりとしていて、どこを基点にしていいのかわからなくなるのだ。

 それでもなんとか背負い、持ち上げた。

 


「ごめん。私、重いでしょ?」

「ぜんぜん!」


 工務店たる者、ジェントルマンであるべし。

 たった今作った社訓である。

 半ば三郷さんを引きずりながら、僕は通路を歩いていく。

 頼む、頼むから魔物は出てくるな。

 祈るような気持ちで一〇〇メートル進んだ。


「いざとなったら放り出して逃げていいからね。恨まないから」


 背中のギャルがおかしなことをほざいている。


「現役女子高生をおんぶするなんて機会はたぶんもうないよ。せっかくだから最後まで背負わせてくれ」

「そっか……。じゃあ、好きにしていいよ」


 背後でふいに声がした。

 人間の発声とは少し違う、どこかヒューヒューとした高い声だった。


「お前たち……? 人間か!」


 いつの間にかステルスの効果が切れていたらしい。

 資材置き場までの距離は残り一〇〇メートル。

 体育の時間に計った僕の一〇〇メートル走のタイムは一五秒台で、平均より少し遅い。

 三年生になって体を動かすことがさらに少なくなったから、じっさいはさらに遅くなっているかもしれない。

 だけど、泣き言を言っている場合ではない。

 もし捕まれば、僕も三郷さんも死ぬしかないのだ。


 僕は振り返りもしないで全力で走った。

 魔物の姿を確認する余裕すらなかったのだ。

 にもかかわらずスピードは上がらない。

 資材置き場の扉まであと七〇メートル。


「待て、逃がさんぞ!」


 後方でザクザクという足音が聞こえた。

 まるで大きなスパイクが地面にのめりこむ音だ。

 そんなものが僕の体に刺さったらひとたまりもないだろう。

 来るな、来ないでくれ!

 僕の願いは虚しく、足音はどんどん大きくなる。

 扉まではもう少し……。

 気力と体力を振り絞って僕は地面を蹴った。


 金属製の扉を開け、中に入ると、勢いよく扉を閉めた。

 この扉には鍵もかんぬきもついていない。

 だったら!

 三郷さんは背中にぶら下がったままだったけど、僕はお構いなしに魔法を展開した。

 溶接工事もきのした魔法工務店にお任せあれだ。

 ひときわ大きな紫電がほとばしると、扉はがっちりと固まり動かなくなった。

 これで、しばらくは時間が稼げるだろう。


「開けろ! 開けないか! おい、誰か来てくれ!」


 魔物が扉をガンガンとたたきながら叫んでいる。

 これ以上の長居は無用だな。


「三郷さん、もう少しだから頑張って」


 三郷さんに肩を貸して立たせてあげた。

 そして、来た時の穴を開けてトンネルへと戻る。

 開いた穴はすぐに塞ぎ、向こうからは入ってこられないようにした。

 そこに穴があったことすらわからないようにしてある。

 十メートル以上に渡ってしっかり土砂を詰め込んだから、こちらの存在は探知できないだろう。

 もう大丈夫だ。


 安堵した僕と三郷さんは折り重なるようにその場へ倒れてしまった。

 図らずも三郷さんに腕枕をする形になっている。


「ハア、ハア、ハア……」


 息が切れてなんにもしゃべれないよ。

 三郷さんも魔力切れでぐったりしているぞ。

 僕にもたれかかったままぼんやりしている。


「ごめん、キノちゃん。疲れて動けない」

「ハア、ハア、ハア……、いいよ、気にしないで」

「ほんと、死ぬかと思ったね」

「うん、やばかった」

「あのね、キノちゃん……」

「ハア、ハア、ハア……、なに?」

「勃起してる?」

「ハア、ハア、ハア、……すこしだけね」

「やっぱり、そうじゃないかと思ったんだ……」


 災難から逃れ、緊張が徐々に緩和されていく。

 軽口くらいなら、どうにかたたける状態まで回復してきたようだ。

 だけど、完全な休息を取るにはまだ早い。

 魔物の援軍が迫っていることを知らせ、トンネルの続きを掘る、僕たちにはやらなければならないことがたくさんあった。

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