第60話 トラップを外せ


 僕と三郷さんは誰もいない坑道をすすんだ。

 魔物は闇でも目が利くらしく、坑道内に灯りはほとんどない。

 辺りはほとんど真っ暗だ。

 かといってフラッシュライトを点灯することはできない。

 そんなことをすれば、たちまち魔物がやってくるだろう。


「三郷さんは見えるの?」

「まあね。暗視ゴーグルをつけているみたいな感じだよ」


 召喚者の能力はつくづくチートだ。


「っと、次を左に曲がるよ。最初の岩魔砲はそろそろね」


 左に曲がって少し進むと広い空間に出た。

 吹き抜けのような場所になっていて、地面から天井までの高さは七メートルくらいありそうだ。

 僕らは空間の上部にいたので、下の方がよく見えた。


「ここは明るいんだね」


 階下の壁には松明が灯され、周囲を照らしている。


「きっとあれがあるからだよ」


 三郷さんが指し示す先に最初の岩魔砲があった。

 銃口は下を向けてある。

 なるほど、ここから侵入者を狙い撃ちにするわけだ。

 そんなことはさせるものか!

 先ほどと同じよう、銃身にたっぷりとコンクリートを流し込んでおいた。

 ついでに台座もいじっておくか。

 ふむ、この台座は回転機構に歯車が使われているな。

 歯車の歯の数は素数同士の組み合わせでなければならないのだけど、どちらも偶数にしちゃったもんね。

 これで動くことはないだろう。

 無理に動かそうとすれば壊れるだけ、それでも撃てば暴発だ。


「キノちゃん、次に行こう。時間がもったいない」


 そう、僕はトンネルを掘らなければならないのだ。

 この作戦に許された時間は二時間だけである。

 潰した岩魔砲に背を向け、僕らは先を急いだ。



 少し進むと魔物が多くいるエリアになった。

 昆虫型や動物型の魔物がうようよしている。

 魔物をこんなに近くで見るのは初めてだけど、どれも凶悪そうな顔をしている。

 うわ、カマドウマみたいな魔物がいるぞ。

 強そうな顎をしているなあ。

 あんなのに噛まれたら骨までバリバリと食べられてしまいそうだ。

 本当にこちらが見えていないのか?

 足音を聞きつけられない?

 動物の鼻は敏感なんじゃないのか?

 不安に押しつぶされそうになる僕はついつい三郷さんとの距離が近くなってしまう。


「近いって」

「ご、ごめん」

「視覚、聴覚、嗅覚、あらゆる感覚に捉えられないようにしているから心配しなくていいよ。魔力切れ対策として赤マムリンも持ってきたしね」


 ステルスを使うと大量の魔力が消費されてしまうのだ。

 だから、連続使用時間は一時間強が限界だったけど、セティアのおかげで二時間半にまで伸びている。

 僕は大きく深呼吸して心を落ち着けた。


「大丈夫そう?」

「ごめん、もう平気だよ」

「さっきも言ったように、敵に見つかる心配はないからね。でも、体の一部は必ず触れておくように。さもないとステルス効果から外れちゃうから」

「わかった。離さないように気を付ける」


 遠慮しながらも、三郷さんの肩に乗せた手に少しだけ力をこめた。


「うん、それでいい。もっとしっか掴んでもいいからね」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 軽く触れているだけでは危ないので指先にもう少し力を込めた。


「キノちゃん」

「ごめん、強すぎた?」

「勃起してる?」

「してないってば!」

「イッシッシッ、現役女子高生に触れるまたとないチャンスだもんね」


 さっきより縮みあがっているよ……。

 三郷さんは斥候であって、もう現役の女子高生じゃないと思ったけど、そのことには触れないでおいた。



さらに進むと、またもや魔物がいないエリアになった。

ところが、三郷さんの警戒レベルは上がっている。


「魔物のいないところにはトラップが仕掛けられている確率が高いんだよ」


 なるほど、もっともらしい話だ。


「言っておくけど、トラップの解除は下手だからね」

「そうなの?」

「検知は得意だけど、解除スキルは低いんだよ。それが斥候というジョブの難点かな」


 まあ、トラップ解除が得意なら、正面から侵入してトラップを解除しまくればいいだけだもんね。

 ローザリア軍はもっとあっさりと勝利できただろう。

 それができないから、このように苦労しているのだ。

 不意に三郷さんが立ち止まった。


「どうしたの?」

「正面の床……何かある」

「これは、滑る床!」


 一見普通の床なのだが、ロールプレイングゲームなどでおなじみの滑る床だった。

 ただ、ゲームでは氷の床が多いのだけど、これは薬剤が塗られているようだ。

 通路の端には鋭利なとげが突き出した壁がある。

通路はやや傾斜しているので、滑った人はあのとげに串刺しにされてしまうのだろう。


「うわあ、ローションみたいなのがべっとり」

「ローションって……」

「キノちゃん、勃――」

「してないよ! そんなことより、これを何とかしよう」


 後々のことを考えれば、トラップはなるべく解除ないし無効化してしまうべきだろう。

たとえクラスメイト達がロックザハットを打ち倒したとしても、掃討作戦のために一般兵士はここを通るかもしれないのだ。


「取り払える罠はできるだけ取った方がいいよね」

「そりゃあそうだけど、時間があまりないよ」

「できる限りでやっておくさ」

「おっけ、見張りはやっておくから、思う存分やっちゃって」


 そういうことならやってしまいましょう! 

ツルツルの床? 

そんなものは防滑施工ぼうかつせこうで対処してやる!

滑り止め剤をたっぷり塗布して、これで安心だ。


「キノちゃん、こっちには落とし穴」

「おっしゃぁ!」


 埋め立てだって得意だぞ。

 大量の土砂を放り込んで、すっぽり埋め立て完了だ。


「あ、こっちには飛び出す槍の壁」

「なんぼのもんじゃい!」


 解体工事もお任せあれだ。

 罠が起動する間も与えずにぶち壊してやる。

 見た目はそのままに、でも、槍なんて出ないようにしてやった。


「すごいじゃん! あーしよりトラップ解除が上手いんじゃない?」

「たまたまだよ。爆発物とかだったらどうしようもなかったと思う。運がよかったね」


 こんな感じでトラップを解除しながら進んでいると、前方から声が聞こえてきた。

 僕は慌てて三郷さんの肩に手を置いた。


「魔人がいるね。ちょっと行ってみよう」

「うん……」


 ステルスの強度を上げて、僕らは声の方へと忍び寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る