第58話 偵察の依頼


 体を揺さぶられて、眠りから覚めた。

 ここは……トンネルの中か……。

 地面の上に寝ていたせいか、体が少し痛い。

 陣幕に戻る時間ももったいなかったので、僕は作りかけのトンネルの中で仮眠をとっていたのだ。

 霞んでいた目が焦点を取り戻すと、タイトスカートから突き出た白い膝が見えた。


「カランさん……? おはよう……」

「お休みのところを申し訳ございませんが、お時間になりました」

「うん、いいんだ……、起こしてって頼んだのは僕なんだから……」


 明け方近くまで作業をして、倒れるようにここで寝たのだ。

 三時間くらいは眠れたかな?


「木下君、今、回復魔法をかけるからね」

「あ、今中さん、おはよう」


 寝ている間に、三郷さんから今中さんへと護衛が変わったようだ。

 今日も笑顔がまぶしいなあ。


「少しじっとしていてね」


 今中さんは僕の背中に手を当てて魔法を送り込んだ。


「癒しの手っていう魔法だよ。穏やかに体力を回復させるにはいちばんなんだ」

「うん、とても気持ちがいいよ。頭の中の霞が晴れていくみたいだ」


 さすがは聖女様の魔法だ。

 体の怠さがすっかりなくなってしまったぞ。


「うえっ⁉」


 一緒に仮眠をとっていたエルニアさんが目だけ見開いて無言のまま僕たちを見つめているぞ。

 眠っていると思っていたのに、いつの間に起きたんだ?


「お、おはよう、エルニアさん」

「…………」

「ま、まだ眠いかな? 疲れているだろうからそのまま寝ていてね」

「…………幸せそうですね」


 心なしか、エルニアさんは憑かれて見える。

 じゃなかった、疲れて見える。

 幽霊みたいな表情をしているなあ……。


「エルニアさんも回復魔法をかけてもらうといいよ。今中さん、僕よりエルニアさんをお願い」


 誰にでも優しい今中さんはエルニアさんにも丁寧な治癒魔法を施した。


「ね、気持ちがいいでしょう?」

「はい……(こ、これは男を虜にする治癒魔法だわ。さすがは慈しみの聖女イマナカ様……。でも、こういうおとなしそうな女に限って夜は積極的なのよね。また、男ってそういうのが好きなのよ。昼は貞淑、夜は積極的みたいなの。タケル様もそういう女子が好みなのかしら? うん、そうに違いない!)」


 エルニアさんはぼんやりと今中さんに身を任せている。

 きっと話すことさえ面倒なくらい疲れていたのだろう。

 労働時間が長すぎた、と反省だ。

 きのした魔法工務店はホワイトな企業であり続けたい。


「今日の作業だけど、アイネかセティアに代わってもらうから、エルニアさんは休んでいてね」

「大丈夫です! イマナカ様のおかげで体力は回復しました。私にやらせてください! (いっそあの辺の天井が崩れてこないかしら。そうすればタケル様と二人きりになれるのに)」


 エルニアさんはやる気を見せるためか、天井部分の強度を確かめだした。

 ツンツンつついて、脆いところがないかを調べているぞ。

 そこまでアピールされたら僕も断りづらいな。

 それに誰よりも仕事が速いのがエルニアさんだ。

 そのせいで僕もついつい頼ってしまう。


「それでは今日もお願いします」

「かしこまりました。タケル様、もっとわたくしに甘えてくださってかまわないのですよ」


 地雷メイクのせいかな?

 エルニアさんは優しかったけど、なぜか背中がゾクゾクした。


 作業を始める前にカランさんが持ってきてくれた朝ごはんを食べた。


「伯爵のためにアイネが作りました。しっかり食べて頑張ってください」


 籠には、ポットに入ったコーヒー、リンゴのサラダ、グリルドポテト、ショルダーベーコン、クロワッサンみたいなパンなどが入っていた。

 朝からボリューム満点だけど、回復魔法のおかげで食欲はある。


「さすがはアイネ、僕の好きなものばかりだね」

「張り切って作っていましたよ。ところで、ピリット将軍から伝言をお預かりしております」

「なにかあったの?」

「敵に動きはございませんが、将軍たちはかなりピリピリしています。そこで、なんとか内部の動きを探れないかとの依頼です」

「つまり、僕に偵察をしてほしいと?」


 これまでは魔物に気づかれないように坑道からは離れた場所にトンネルを掘ってきた。

 だけど、敵の動向を探るなら近づかなければならないな。


「やはり難しいですか?」

「そうでもないよ。一晩掘り続けてなんとなくコツがつかめてきたんだ。音や振動を立てずにトンネルを掘ることだって可能だと思う。時間は多めにかかっちゃうけどね」


 低騒音工事も、きのした魔法工務店にお任せあれだ。


「わき目も降らずにトンネルを掘るべきだと私は主張しましたが、ピリット将軍たちは平静ではありません。どうしても情報が欲しいといいだしまして……」

「戦闘が長引いて、将軍たちも追い詰められているんだなあ」


 もう一度ローザリア軍の作戦を整理してみよう。

 まず、僕が岩魔将軍ロックザハットの背後までトンネルを掘る。

 捕らえられているヤンデール公爵を救出したら、ロックザハットの背後から奇襲をかけるのだ。

 今はまだ魔軍に動きはないけど、いつ戦端が開かれるかはわからない。

 だから、できるだけ早くトンネルを掘るべきだとカランさんは考えている。

 僕も同じ意見なので努力しているのだが、将軍たちは敵の動向が気になって仕方がないようだ。

 トンネルの完成は多少遅れてもいいから、魔軍の動きを探ってほしい、ということだった。


「将軍の頼みを無視するわけにもいかないね」


 トンネルの完成が半日延びてしまうけど、首脳陣の願いを聞き入れることにした。

問題は穴をどこへ近づけるかだが……。


「それでしたら、ここがよろしいかと」


 エルニアさんの指は地図上のポイントを指し示す。


「ここならトンネルをつなげても気づかれにくいかと」

「小さな部屋があるようだけど、ここはなに?」

「もともとは労働者の休憩所でした。今は倉庫として使われているようです」


 資材などが置かれていて、めったに魔物が来ることもないそうだ。


「じゃあ、とりあえずそこを目指して掘り進めるとしよう。坑道が近くなったら三郷さんの力を借りると思うから、伝えといて」

「わかった。疲れたら回復魔法を使うからいつでも言ってね」


 今中さんに癒されて、僕たちは再び穴を掘り進めた。

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