第57話 地雷が設置されている⁉


 さらに一時間経ったころ、坑道に三郷さんが戻ってきた。

 深夜だというのに眠そうな感じではない。

 いくつもの戦いを潜り抜けて、三郷さんも成長しているのだろう。


「竹ノ塚、交代だよ」

「おう、よく来てくれたな」


 護衛はクラスメイトが交代でしてくれることになっているのだ。


「木下君たちには差し入れを買ってきたよ」


 三郷さんはそう言ってコンビニのレジ袋を広げた。


「飲み物とサンドイッチとお菓子。やっぱ二十四時間営業は便利だわ」


 深夜ということもあり、ちょうど小腹が空いていたので差し入れはありがたかった。

 

「コーラをもらってもいい? 赤マムリンを割って飲んでみたいんだ」


 少しは爽やかな感じになるかもしれないじゃない?

 

「なんでも好きなのを取ってよ」

「悪いね」

「遠慮はいらないよ。こちとら異世界にきてから高給取りだからさ。エルニアさんも遠慮しないでね」


 お、赤マムリンのコーラ割りはエナジードリンクに近い味がするな。

 疲れた体にぶどう糖果糖液糖が染み込んでいく。

 僕らに夜食を勧めながら三郷さんはメイクを始めた。


「三郷さん、ちゃんと護衛を頼むよ」

「わかってるって。魔物の気配はないから安心して」


 三郷さんは鏡から目を離さなかったけど、斥候である彼女は索敵のスキル持ちだ。

 斥候独自の特殊な攻撃方法もあるらしい。

 そこは信頼してもいいだろう。


「コスメだけじゃなくて、鏡もコンビニで買ったんだ。キノちゃんには感謝しているんだよ。しっかり守ってあげるから安心して」

「キノちゃん……?」


 コンビニでコスメを買えたのがうれしかったのだろう。

 三郷さんは僕をキノちゃんと呼ぶようになった。

 友だちレベルとしては格上げなのかな?


「どーよ、このリップ?」

「いい色だね。似合ってるよ」

「イッシッシッ、ありがと!」


 にんまり笑う三郷さんはかわいかった。

 おや、エルニアさんの手が止まっているぞ。

 疲れたのかな?

 いや違った、メイクをしている三郷さんを見ているんだ。

 エルニアさんもやっぱりお化粧とかに興味があるのかな?

 この世界にもお化粧はあって、貴婦人たちはみんなやっている。

 ただ、質は悪く、肌に有害なものが多いらしい。

 そこへいくとヤンデルマートの商品は品質の高い物ばかりだ。

 エルニアさんはずいぶん熱心に見ているな。

 何を考えているのだろう?


「(タケル様もこのように化粧をした女の人が好きなのかしら? 私は地味すぎるかもしれませんわね。この人のようにもっと派手にすればタケル様も……)」


 エルニアさんの視線に気が付いた三郷さんが顔を上げた。


「あ、もしかして興味ある?」

「え、わ、わたくしですか? その、興味があるというか……」

「イッシッシッ、遠慮しなくていいってば。やってあげるからこっちにおいでよ」

「で、ですが……」


 エルニアさんはずっと働きづめだった。

 できればもう少し休憩させてあげたい。


「エルニアさん、やってもらえばいいじゃない」

「タ、タケル様がそうおっしゃるのなら……(やっぱり、タケル様もメイクをした女の子が好きなのね。それなら頑張るしかないわ!)」


 エルニアさんは遠慮がちに三郷さんのそばに座った。


「あーしに任せといてよ。どんなのが好み?」

「そうですねえ……。せっかくですから異世界のメイクをお願いします」

「それなら得意だよ! 任せといて」


 二人で仲良くメイクを始めたので、僕は作業を再開することにした。

 赤マムリンのコーラ割りで魔力も気力も回復したぞ。

 夜明けまでに五〇〇メートルは掘り進めたい。

 だけど、焦りは禁物だ。

 坑道は遠いとはいえ、振動でトラップを起動させないように気を付けなきゃ。

 地雷などが爆発して、こちらのトンネルまで崩落するなんてことだけは避けたい。

 神経を集中して、細心の注意を払いながら作業を続けた。


 一人で作業して一〇メートルほど掘り進めたころ、三郷さんが声を上げた。


「できた! 我ながら完璧」


 どうやらエルニアさんのメイクが仕上がったようだ。

 さて、どんな風になったのかな?

 三郷さんと同じギャル風?

 それとも、しっとりとした大人風?

 元の作りが派手だから、ナチュラルな感じも似合いそうだな。

 作業の手を止めて出来上がりを確認するために僕は振り向いた。

 そして絶句する。


「地雷メイク……」

「どうよ、似合ってるっしょ?」


 似合っている、それは認めよう。

 はっきり言って、似合いすぎるほど似合っている。

 だけど、そこに地雷を置きますか⁉


「タ、タケル様、いかがでしょうか? 異世界ではこのようなメイクが流行しているそうですが……」


 ごく一部の界隈でね!

 エルニアさんが不安そうに感想を聞いてきたぞ。

 どう答えるのが正解だ?


「い、いい感じですね。とても……かわいらしいと思います……」

「よかった!」


 エルニアさんは胸の前で手を合わせて喜んでいた。


「実は私も気に入ってしまいました。不思議なのですが、メイクをした方が本物の私という気さえするのです」


 おいおい……。


「やり方は三郷様から教わりましたので、私もヤンデルマートで同じ化粧品を買い求めますわ」


 じょ、常連さんが増えるのはいいことだ……。


「さあ、気分も上がりましたし、作業を再開いたしましょう」


 こうして僕は、地雷メイクをした公国のお姫様と一緒にトンネルを掘る、という貴重な経験をした。

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