第56話 穴掘り開始
夜の闇の中を掘削開始ポイントに向かった。
メンバーは僕、竹ノ塚、エルニアさん、三郷さんの四人だ。
目立たないように少数で行動している。
竹ノ塚と三郷さんは僕の護衛、ヤンデール出身のエルニアさんは道案内だ。
掘削時には社員にもなってもらうつもりである。
「オッケー、ここいらに魔物の気配はないよ」
闇に眼を凝らしていた三郷さんが合図を出した。
周辺の斜面に坑道の入り口はないので、魔物たちも無警戒である。
まさか、敵が深いトンネルを掘って、背後に回り込もうとしているなど、想像もしていないだろう。
「うん、ここがいいと思う。竹ノ塚は警戒を頼む。三郷さんはお疲れさま」
すでに深夜である。
三郷さんにはいったん帰ってもらって仮眠をとってもらおう。
周囲を藪で囲まれた斜面に手をついてトンネルを掘り始めた。
魔力を流すと紫電がほとばしり、高さ二メートル、幅九〇センチほどの穴が一メートルできた。
穴を掘るというか、その場にある土を崩し、転送ポータルで外部に捨ててしまうという方式をとっている。
「そうやって掘るのか。俺はてっきり亜空間から掘削機でも出すのかと思ったぜ」
「そりゃあカッコいいけど、そんなものを使ったら敵に居場所がばれちゃうだろう」
異世界工法に重機は必要ないのだ。
「しかし、あっという間に掘れたな。これなら簡単にロックザハットのところまで行けるんじゃね?」
「掘るのは簡単なんだよ。崩落しないよう固めるのに時間がかかるんだ。問題はそれだけじゃないよ。掘り進めたら有毒ガスの排出もしなければならないからね」
僕の言葉にエルニアさんがハッとする。
「そういえばカニセラを連れてくるのを忘れていました」
「カニセラって誰?」
「人ではございません。カニセラは小鳥ですの」
魔結晶鉱山で働く人々はカニセラという鳥を籠に入れて連れ歩くそうだ。
カニセラは敏感な鳥で、メタンガスや一酸化炭素などの有毒ガスが発生していると、さえずることをやめる。
鉱夫たちはカニセラの反応を見てガスの有無を知るのだ。
地球の鉱山でもカナリアという鳥が同じ役割を果たしていたと聞いたことがあるぞ。
「坑道の空気はかなり濁っています。魔物は平気かもしれませんが、人間には深刻なダメージを与えますわ」
「それなら安心して。僕はガスが検知できるから」
密閉空間や地下での作業において、ガス検知は欠かせないスキルなのだ。
工務店のレベルが上がり、こういった能力も開花している。
「さすがはタケル様ですね。これは余談ですが、カニセラは有毒ガスの検知だけのために連れ歩かれるのではございません」
「へー、他にどんな役割が?」
「鉱山労働は厳しいものです。危険なことも多いと聞いております。カニセラは鉱山労働者にとって心の慰めでもあるのです」
「なるほどなあ」
「(そう、私にとってはタケル様が心の慰めであるように……。それにしてもタケノヅカ様がお邪魔ですわね。護衛はまだ私だけでいいでしょうに。でも、タケル様の安全を考えれば、やはりいてもらわなくては困るというもの。……チャンスはそのうち訪れるはず。狭い坑道で作業とあれば、スキンシップもし放題。ああ、トンネル掘りってなんて楽しいのかしら!)」
「それじゃあ、竹ノ塚は護衛をよろしく。エルニアさんには社員になってもらいますね。よろしくお願いします」
「おう、任せとけ!」
「ぶっ倒れるまでこき使ってください!」
「いやいや、きのした魔法工務店はそんなブラックな企業じゃないよ。疲れたら休んでいいんだからね」
やる気は買うけど、エルニアさんは頑張りすぎるのだ。
僕がよく見て、仕事をセーブしてあげないとね。
作業着に着替えてもらい、僕らは仕事に取り掛かった。
日付を跨ぐまで頑張って二〇〇メートルほど掘り進んだ。
天井には等間隔で照明をつけているので穴の中はとても明るい。
考えてみれば、電線がなくても照明器具が使えるというだけでかなりのチートだよね。
ここまでのところは順調そのものだ。
「おっと、ごめんなさい。またぶつかってしまいましたね」
狭い場所で作業しているので、さっきからエルニアさんに体が当たってしまう。
言っておくけど、変な場所を触ったりしていないからね!
ときおり、肘と肘がぶつかる程度なんだけど、そのたびにエルニアさんはビクリと体をふるわせるのだ。
侯爵家のお嬢様だから、こういうことに慣れていないのだろう。
「ハア、ハア、ハア……」
おや、エルニアさんの呼吸が荒いぞ。
「ひょっとして、息苦しいですか? 二酸化炭素の濃度もそれほど上がっていないはずだけど……」
「な、何でもないのです。(言えない……。肉体の接触に興奮しているなんて、絶対に言えませんわ! それともタケル様は、わざとぶつかっていらっしゃる? 小さな刺激を与えて私を焦らしているのかしら? そうやって私をメロメロにしてしまうおつもりね)」
「う~ん、そろそろ空気の入れ替えをしておくか」
ただでさえ狭いトンネルの中だ。
近くには魔物だっている。
エルニアさんが緊張するのも当たり前か。
よく見れば顔色もよくないぞ。
のぼせたのか赤くなっている。
「作業を中断して換気装置を取り付けますね。すぐに新鮮な空気が吸えますよ」
一般的な鉱山などでは通風機をつけるみたいだけど、僕は魔法工務店だ。
壁に転送ポータルを埋め込み、換気ができるようにしてしまおう。
内部の汚れた空気を排出すると同時に新鮮な空気を取り込むのだ。
魔力を集めて換気装置を完成させた。
「どうです、少しは楽になりましたか?」
「だめです、もういっそ楽にしてくださいませ」
「はっ?」
「い、いえ、だいぶ楽になりましたわ……」
エルニアさん、顔が上気して、まだ息苦しそうだ。
きっとカニセラみたいに敏感なのだろう。
換気扇は定期的につけていかないとならないな、そう思った。
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