第54話 ヤンデルマート


 朝になって、コンビニを見たクラスメイトの反応はおもしろかった。


「俺……、幻影魔法をかけられているのか?」

「ううん、破魔の法呪を唱えたけど反応がないわ。これは……本物よ!」


 竹ノ塚も今中さんもすっかり異世界に順応しているなあ。


「間違いなく本物だよ、僕が作ったんだから。さあ、入って好きなものを持っていって。今日は会計しなくていいからね」

「うっひょぉ! ありがとう、木下!」


 口々にお礼を言うと、クラスメイト達は小走りで店に入っていった。

 ただ、由美だけは躊躇ためらうように僕とコンビニを交互に見ている。

 僕が拒絶すると心配しているのかな? 

 いろいろあったけど、そこまで器の小さな男じゃないぞ。

 カランさんと違って……。


「小川さんも買い物をしてきたら?」


 事務的な態度だったけど声をかけた。


「うん……、ありがとう。私……」


 由美は何かを言いかけたけど、途中でやめて店の中へ入っていった。

 これでいいのだと思った。



 日本の食べ物に飢えていたのか、みんなは真っ先にお弁当やスイーツのある棚へ向かっていた。

 竹ノ塚が嬉しそうに寿司のパックを二個もわしづかみにしている。


「もういちど寿司を食えるとは思ってもみなかったぜ。マグロぉ、会いたかったぜぇ、うぅ……」

「それくらいで泣くなって」


 元ギャルで今は斥候の三郷さんがカゴいっぱいに化粧品を詰めていた。


「化粧ポーチは墜落するバスの中に置いてきちゃったんだ。久しぶりにメイクができてうれしいよ」

「ばっちりメイクの斥候スカウトって、なんだかシュールだよね」

「メイクはオフの日にするに決まってんじゃん!」


 三郷さんはニッコニコだ。

 みんなヤバいくらい真剣な目つきで商品をカゴに入れているぞ。

 ここだけの話、生理用品はあっという間に底を突いた。

 女子三人で買い占めてしまったようだ。

 考えて仕入れたわけじゃないけど用意しておいてよかったよ。

 女の子って大変なんだね。


 ご飯を食べて一息ついた竹ノ塚が僕を拝みだした。


「木下、頼む、この通りだ! 王都にもコンビニを作ってくれ!」

「うん、私もお願いしたい。きっとみんなも喜ぶと思うんだ。何とかならない、木下君?」

「今中さんに頼まれたら断れないな。でも、大丈夫かな? 異世界の人にとっては珍しい物ばかりだから、すぐに商品がなくなるかもしれないよ」


 盗まれる恐れだってありそうだ。


「だったら会員制にするっていうのはどう?」


 いいアイデアかもしれない。

 とりあえずはクラスメイトを会員にして、みんなからお客さんを紹介してもらえばいいか。

 IDカードがなければ入口のロックが開かない仕様にはできる。


「外観も派手なのはやめて、どこかの地下室にすればいいかもしれないね」

「なんだか闇取引みてーでおもしろいな。木下、そうしてくれよ。相手が貴族とかだったらIDカードのためだけに大金をだすぞ」

「それはありかな。日用雑貨とか化粧品なら高値で売れたりしてね」

「だろ? アイデア料をよこせ!」

「ホットスナック一個でいいか?」

「安すぎだ! でも、それでもいいかも……。久しぶりにカラアゲさんを食べたい!」


 その後も王都のコンビニをどうするかで盛り上がったけど、僕は半分気を失いかけていた。

 夜中に作業をしたので眠気が限界だったのだ。

 仮眠はとったけど、数時間だからね。

 竹ノ塚が僕の肩を支えて労ってくれた。


「とりあえずヴォルカン坑道の地図を取ってくるから、木下は寝ていてくれ。どうせ地図が届くのは夕方だ」

「うん、頼むよ。あと、コンビニを兵隊さんたちにも解放してあげて。特別ボーナスということで、一人につき五百クラウンの商品券を用意してあるんだ」


 カランさんや竹ノ塚たちに後を頼み、僕は眠りについた。

 目覚めてから聞いた話では、騎士や兵士たちは異世界の商品に大喜びだったらしい。

 食べ物だけでなく、タオルや肌着が人気だったみたいだ。


 竹ノ塚がその時の様子を教えてくれた。


「酒やたばこなんて、喧嘩が起きるほど競争が激しかったんだぜ」

「そこまで! 怪我人とかでていない?」

「それは大丈夫だ。今中が聖女の力を発揮してくれた」

「聖女の力で暴動を鎮圧?」

「いや、大規模魔法『高潔なる心』で全体の規律を保ったんだよ。これは将兵の感情に訴えかける魔法なんだぜ」


 ある意味怖いな……。


「召喚者の俺たちですら、魔法のせいで背筋が伸びる思いだったよ」


 召喚者にまで作用するなんて、今中さんの魔法はすごいんだなあ。


「ところで、今中さんは?」


 さっきから姿が見えないぞ。


「休んでいるよ。大規模魔法で魔力をだいぶ消費したからな」

「僕のせいで悪いことをしたなあ」

「気にすんなって。今中だってコンビニができて喜んでいたんだから。それに、セティアさんが薬をくれたんだ。俺も飲んだけど、あれはすごいな。力がどんどん湧いてくるよ」

「薬って、赤マムリン?」

「おおそれだ!」


 たしかに効くけど……。


「何が入っているのか知らないけど、魔力がカッと燃え上がっている感じがしたな。今なら魔王だって倒せそうだぜ!」


 そうか、素材についてはなにも知らないのか。

 きっと、今中さんも知らないのだろう。

 蛇と蜘蛛のことは黙っておくことにした。

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