第53話 コンビニを作ろう
夜も更けた頃、僕は前線基地の片隅までやってきた。
ここなら何を建てても問題なし、と将軍のお墨付きを得ている。
コンビニを建てるならここがよかろう。
そう、食料品と日用品が不足していると聞いた僕は、コンビニエンスストアを建てることにしたのだ。
さすがに百貨店は大げさすぎるだろう?
スーパーマーケットでもいいかな、って思ったんだけど、それでも大きすぎる気がした。
将兵の数はおよそ千五百人だ。
しかも、全員が毎日利用するわけではない。
一般兵士はあまりお金を持っていないらしいからね。
おそらく、コンビニくらいがちょうどいいはずである。
それにコンビニの方が同級生たちは喜んでくれるような気がしたのだ。
「何をなさっているのですか?」
振り向くとエルニアさんが立っていた。
気づかれないように抜け出してきたつもりだったけど、エルニアさんを起こしてしまったのか。
「ここにお店を建てようと思いまして。あ、ここはヤンデール公国の土地でしたね。だったらエルニアさんにも許可を取らないといけませんでしたね。ごめんなさい」
「タケル様のすることでしたら反対なんて申しませんわ。でも、こんな時間に?」
「友人や兵隊さんたちには気晴らしが必要かな、って思いまして。みんなが目を覚ましたときに楽しいことがあるってすてきじゃないですか」
外国映画で見たことがある、クリスマスの朝にプレゼントを見つける的なあれだ。
「だからって、キノシタ様が一人で頑張らなくても……」
エルニアさんは心配そうに僕を見ている。
「好きでやっているからいいんですよ。僕は、みんなの喜んだり驚いたりする顔を見るのが好きなんです」
「そうですわね。私も喜び、驚かされてばかりですわ」
エルニアさんは小さく笑った。
「僕はずっと自分の居場所がよくわからない学生だったんです。でも、この世界にやってきて、自分が何をすべきかが少しわかってきた気がするんです。だから、わざわざ手伝っていただかなくても平気です。ここは僕一人で何とかしますから」
そう言ったのだけど、エルニアさんは帰ろうとはしなかった。
エルニアさんは断固とした態度だ。
「そうはまいりません。タケル様はおじい様とヴォルカンを解放するためにきてくださったのです。お手伝いできることがあれば何でもする所存です。さあ、私を嫁に……じゃなかった、社員にしてください!」
エルニアさんの決意は固そうだ。
それなら手伝ってもらうとするか。
魔力が豊富なエルニアさんが手伝ってくれるのなら、予定より早く工事は終わるだろう。
僕らは軽く打ち合わせをして、作業を開始した。
明け方の少し前、闇がいちばん濃いころに『ヤンデルマート』は完成した。
ネーミングはヤンデール公国に敬意を払った結果だ。
あなたの後ろにヤンデール♪
テーマソングも考えたぞ。
お客様に寄り添いながらも、一歩下がった謙虚さを演出してある。
ヤンデレさんが後ろから見ているなんて誤解はやめてよね。
よく見る箱型の店舗で、外装色は赤、青、白にしてある。
配色はフランスの国旗と同じだけど、自由・平等・友愛を表しているわけじゃない。
ヤンデルマートの色は情熱(赤)・誠実(青)・清潔(白)を象徴しているのだ。
「ここはお店と聞きましたが、商品はないのですね」
陳列棚、冷蔵庫や冷凍庫は稼働しているけど、仕入れはまだなのだ。
「仕入れはこれからですよ。バックヤードへ行きましょう」
ヤンデルマートのバックヤードには小さな事務机があり、机の上にはパソコンが置いてある。
このパソコンはインターネットには接続されていない。
その代わり、並行世界の企業とホットラインが結ばれており、ここで商品を注文できるのだ。
注文された商品は即座に転送装置に送られ、ほとんどタイムラグなしで陳列棚に並ぶ。
「さてと、なにを注文しようかな……。お、スタートアップセットというのがあるな」
スタートアップセットの内容は、一般的なコンビニのそれと変わらない。
ドリンク、弁当、軽食(パン、オニギリ、サンドイッチ、デザートなど)、インスタント食品、お菓子類、アイスクリーム、冷凍食品、日用雑貨などだ。
「仕入れ値は一七〇万クラウンか……」
大金ではあるけど、ここは僕が出しておこう。
利益はいつか出ればいいや、くらいの殿様商売だ。
「お金は私が出しますわ。タケル様のためですもの。いくらだって貢い……お力になりたいです」
「そんなのダメだよ。僕の考えで始めたことなんだから」
商売というか、僕を見捨てないでくれたクラスメイトへの恩返しみたいなものだからね。
それに、ガウレア城塞で戦場を経験してから、僕は兵士たちにひとかたならない連帯感みたいなものを感じている。
生と死の狭間にあって、人と人の関係は密度を増すのかもしれない。
王宮の改装で、王様から二億クラウンほどもらっているのだ。
ビバ、工務店バブル!
いい機会だから、みんなに還元してしまおう。
画面の『決定』ボタンを押すと、商品はすぐに納入された。
「タケル様、店中に商品が!」
すっかり準備の整ったお店を見てエルニアさんは大興奮だ。
「なんとか夜明けに間に合いましたね。これもエルニアさんが手伝ってくれたおかげです」
エルニアさんは本当に働き者なのだ。
しかも仕事がとても速い。
普段だって、教えてもいないのに僕の予定をばっちり把握していて、先回りしていろいろやってくれる才女である。
でも、どうやって僕のスケジュールを知るのかな?
きっと、カランさんに聞いているのだろう。
心強い仲間ができたものだ。
「ふぅ、一息入れてカフェラテでも飲もうかな。エルニアさんもどうですか? というより、好きなものを持っていってください」
「いえ、私もカフェラテとやらをいただきますわ」
コンビニのコーヒーって美味しいよね。
僕はカップを二つ用意してマシンにセットした。
ミルがコーヒー豆を挽く大きな音が店舗に響き渡ると、エルニアさんはびくりと体を震わせた。
「これは……?」
「コーヒーを抽出する機械なんだ。ここではお客さんが自分で淹れるんだよ」
エルニアさんにとっては初めて見るものばかりで、戸惑いの連続のようだ。
少し落ち着かせてあげた方がよさそうだ。
「店舗前のベンチに座って飲みましょう」
僕らはベンチに並んで腰かけた。
「はいどうぞ。熱いから気を付けて」
カフェラテを一口飲んだエルニアさんは再び驚いた顔をした。
「美味しい……。カフェラテって泡立てたミルクにコーヒーを入れたものだったのですね」
「嫌いでした?」
「そんなことありません! コーヒーは好きです。ここまで美味しいコーヒーは初めてですし。それに、長年の夢がかないました」
「夢?」
「二人で飲む夜明けのコーヒー……」
明け方に誰かとコーヒーを飲むのが夢だったのかな?
まあ、人それぞれやってみたいことはあるものだ。
僕も長年、キュウリにハチミツをかけて食べたいと思っている。
メロンの味がするらしい。
本当かな?
機会がなくてやったことはないけど、いつかは試したいものだ。
僕らは無人のコンビニの前に座り、静寂の中でコーヒーカップを傾けた。
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