第48話 不思議なこと


 なるべく早くヴォルカンに出発するため、王様の依頼をせっせとこなしていくことにした。

 ここ数日で寝室の窓と照明の取り付けは終わった。

 今日はお風呂を作っていく予定だ。

 ガウレア城塞のときは何日もかかってしまったけど、今の僕ならもっと短い期間で作り上げることができるだろう。

 それに、かわいい社員が二人も手伝ってくれるのだ。

 モチベーションは高い。


「じゃあ、エルニアさんとセティア、よろしくお願いします」


 本日はこの二人がきのした魔法工務店の社員である。

 カランさんはいろいろ仕事があるし、アイネもお掃除などで忙しい。

 本当はセティアだけに手伝ってもらおうと思っていたけど、エルニアさんがどうしても手伝わせてくれときかなかったのだ。

 公国のお姫様なんて温室の花ってイメージだったけど、エルニアさんは超が付くくらいの働き者だった。


「僕は水回りから始めるから、二人は図面通りに床の作製をお願い。少しでもわからないところがあったらすぐに質問してね」

「承知いたしましたわ。セティアさん、始めますわよ。よろしくお願いいたします」

「は、はい。こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いします」


 セティアとエルニアさんは二人並んで仕事に取り掛かっている。

 思ったより仲良くやっているようだ。

 人見知りのセティアだけど、エルニアさんとは馬が合うようでなによりだ。

 さあ、僕も温泉の配管に取り掛かろう。

 陛下は膝と痔という持病を抱えているから、特に効能の高い温泉を引いてこないとならない。

 次元転送ポータルを使って、よさそうなお湯を引っ張ってくるか……。

 レベルが上がって『工務店』の理解度も上がってきている。

 どうやら僕は、今いる世界と並行世界を繋ぐことができるようだ。

 並行世界っていうのは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界のことなんだって。

 だから、とある世界から水を運び入れて、別の世界に排水する、なんてこともできる。

 こんな感じで、陛下のお風呂に入れるお湯も、無限に続く並行世界から調達してくるわけだ。

 サンプルなどをいくつか取り寄せて、薬師のセティアと相談しながら泉質を決めた。

 お風呂に関してはガウレア城塞よりも大きくしてある。

 エリエッタ将軍のお風呂より国王のお風呂の方が小さいのはまずい気がしたのだ。

 そのへんは忖度しておくのが無難なのだろう。

 デザインもガウレア城塞とはかなり違う。

 あちらは日本のモダン建築を参考に作ったけど、王宮のお風呂はこの世界のデザインを踏襲する形をとった。

 この世界の人々はスケールがでかいものを好む傾向があるようだ。

 そこで、これである。


「大きな、ドラゴンですね……」

「す、すごい……」


 僕が用意したのは、高さが四・七メートルもある水龍の石像だ。

 像は円形の浴槽の縁に沿わせて設置してある。


「あれの口からお湯が流れ出る仕組みなんだ」


 ほら、温泉などでライオンの口からお湯が流れ出すのがあるじゃない?

 ああいったものを巨大にしたと想像してほしい。

 水龍とウンディーネの二候補を僕は提示したんだけど、陛下たちは最後まで悩んでいた。

 けっきょく、優美さより迫力と威厳ということで水龍が採用されたようだ。

 

「水龍の爪からも細いお湯が流れ出るようにして、こちらは打たせ湯にするんだ」

「肩こりに効くやつですね。大好きでした」


 ガウレア城塞を思い出しているのだろう、セティアはうっとりとしている。


「素晴らしいお風呂ですわ!」

「ありがとう、エルニアさん。だけどこれはまだ完成じゃないよ。頼んであるものが届いていなくてね……」


 なんて話をしていたら、侍従さんの一人が僕のところへやって来た。


「キノシタ伯爵、ご依頼の物が到着しました」

「ちょうどよかった。さっそく運んでもらえますか?」


 侍従たちの手によって運ばれてきたのは直径五十センチを超える薄水色をした透明な玉である。


「これは、トールマリリン?」

「よくわかりましたね、エルニアさん」

「ヤンデール公国は魔結晶の産地でしたから……」


 不思議そうな顔をしているセティアに説明してあげた。


「これはトールマリリンと呼ばれる魔結晶の玉なんだ。これを水竜の腹部にはめ込むんだよ」

「わ、わかりました! そうやって、温泉に更なる魔法効果を付与するのですね」

「さすがはセティアだ」

「そ、そ、それほどでも……。トールマリリンが長期治療の魔法薬に使われることは有名ですから……」


 トールマリリンの結晶には筋肉痛や関節痛を和らげる力があるのだ。

 単なる健康科学ではなく、その力は本物である。

 さすがは異世界だよね……。

 厳選した温泉に魔結晶の力を加えて、治癒効果を上げようようというのが僕の考えだ。

 大きなトールマリリンが入手できるか心配だったけど、さすがは王宮だね。

 すぐに見つけて購入してきたよ。

 これで王様の膝の痛みはかなり軽減されるだろう。

 侍従さんたちの手も借りて、トールマリリンを所定の位置に納めることができた。


「ドラゴンに魂がこもったように感じますわ」


 エルニアさんの言うとおり、水龍の迫力が増したように思える。

 これはおもしろいお風呂になりそうだ。

 自画自賛でドラゴンを眺めていた僕にセティアが話しかけてきた。


「と、ところで伯爵、そろそろご準備をなさった方がいいのではありませんか? こ、今夜はクーネル侯爵家のパーティーに呼ばれているのでしょう?」

「そうだった。でも、また中止されたりしないよね?」

「そ、それは、わ、私にはなんとも……」

 

 少しだけ不思議なことが起きていた。

 王都に来てから、僕は毎日のように有力貴族から晩餐会やお茶会への招待を受けている。

 どうやら、自分の娘を僕に引き合わせる魂胆のようだ。

 言ってみれば、パーティーの名を借りたお見合いのようなものらしい。

 僕としては、十八歳の身空で結婚なんて考えられない。

 だから、仕事を理由に丁重に招待をお断りしている。

 だけど、中には断ることができないような大物からの誘いもあるのだ。

 今夜のクーネル侯爵もその一人なんだよね。

 国王の親戚で、この人の機嫌を損ねるのは厄介だと、カランさんから注意されたのだ。

 もっとも、厄介なのはカランさんの方ね。

 僕には何のしがらみもない。

 自分の出世に影響するから、どうか出席してほしいと頼まれたのだ。

 面倒だけど、カランさんに頼まれると断れないよ。

 なんだかんだで、僕にとってはいちばん頼りになる人だから。

 そう言ったわけで、これまでもいくつか出席を決めていたのだけど、どういうわけか招待の話が立ち消えになってしまうということが続いていた。

 それも、一つや二つじゃない。

 三件連続でそんなことが起きているのだ。


 そろそろ作業を終えて着替えようかと考えていたら、書状を手にしたカランさんがやって来た。


「伯爵、クーネル公爵から謝罪の手紙が届きました。本日のパーティーは中止だそうです」

「また? まあ、パーティーが中止なら仕事に集中できるけど、どうしたんだろう?」

「クーネル公爵とご令嬢が急の腹痛のようで……。噂によると、お腹を下してトイレに籠り切りだそうです」

「それはかわいそうに……」

「クーネル公爵令嬢はかわいい美少女と評判です。残念でしたね」

「それはいいけど、これ、偶然なのかな?」


 とても偶然とは思えないけど、どうなっているのだ?

 

「伯爵、悪い噂が広まっています」

「それは僕に関して?」

「そうです。妙齢の令嬢がいる家がキノシタ伯爵を招待すると、不幸が訪れるというのです」

「そんなバカな……」


 これでは庶民の間に広まっている召喚者に対する差別と一緒じゃないか。

 だけど、僕を招待した人たちが不幸に見舞われているのは事実でもある。

 僕らは困惑して沈黙していたんだけど、作業を終えたエルニアさんが明るい声を上げた。


「タケル様、床のタイルはすべて張り終わりました。次は何をしましょうか?」

「え? あ、はいはい。次はですねえ……」


 エルニアさんは今日も元気に働いてくれている。

 ちょっと寝不足みたいだけど、目はらんらんと輝いて元気そのものだ。

 あ、今、小さなあくびを漏らしたぞ。


「エルニアさん、ちゃんと眠れていますか? 疲れているのなら少し休憩してください」

「嫌ですわ、恥ずかしいところを見られてしまいましたね。でも、心配なさらないでください。ちょっと眠れなくて、夜中に一仕事しただけですから」


 一仕事?

 カランさんみたいに書類をまとめていたのかな?

 それとも編み物とか?


「それだったらいいですけど……」

「うふふ。わたくし、毎日が充実していますの。とっても幸せ」


 そういうエルニアさんは、輝くばかりの笑顔を見せてくれた。


「新しい下剤をセティアさんからもらってこなきゃ……」


 エルニアさんの独り言がチラッと聞こえてきたぞ。

 もしかして便秘かな?

 でも、そんなことを聞いたら失礼だよね。

 デリカシーのない男だと思われたくはない。

 僕は気を取り直して作業を再開した。

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