第49話 天空の間
僕たちに時間はなかった。
本当はすぐにでもヤンデール公国へ行きたかったのだ。
エルニアさんはおじいさんのヤンデール公爵を救うという使命があり、僕もそれに協力するつもりである。
救出は困難だろうけど、現地にいる同級生たちに相談すればなんかなるかもしれない。
実物を見ていないので何とも言えないけど、工務店の力があればトラップを解除ないし、迂回できる気がするのだ。
僕の能力とクラスメイトの力が合わされば道は開けるにちがいない。
作業中の風呂場で休憩をしていると、カランさんが最新の情報を持ってきてくれた。
「今のところ前線で大きな動きはございません。岩魔将軍ロックザハットはヴォルカン廃坑に立てこもり、ローザリア軍とは睨み合いが続いているそうです」
エルニアさんも報告書を覗き込みながらうなずいている。
「ヴォルカン廃坑は深く、全長は一五キロメートル以上もあるのです。また、要所要所にトラップが仕掛けられているので、召喚勇者たちといえども不用意に入り込めません」
「ということは、攻略には時間がかかるということだね」
とりあえず、王都の仕事を終わらせてからでも間に合いそうだ。
だけど、行動を起こすなら早ければ早い方がいいに決まっている。
「よし、午後も頑張ろう!」
毎日朝から晩まで作業して王様からの依頼をやり遂げた。
さっそく陛下にお披露目をしたんだけど、心臓の具合が危ぶまれるほど喜んでいるぞ。
「これがトイレ? これが風呂? どれも信じられん!」
お供の人たちも目を丸くして驚いている。
陛下は興奮のあまり、さっそくもよおしてしまったようだ。
「どれ、ひとつひり出してこよう!」
とか言って、侍従長さんと一緒にトイレへ入っていった。
王様ともなると、トイレのときも誰かと一緒なんだなあ。
カルチャーショックを受けてしまったよ。
カランさんに教えてもらったけど、こんな風にいつも一緒の侍従長さんはかなりの権力を持っているそうだ。
どうりで高そうな指輪をつけていたわけだ。
「なんなら伯爵のトイレは私がお世話しますよ」
「アイネ!」
「私は権力なんていらないですけどね。単なる趣味ですので」
アイネの申し出は丁重にお断りしておいた。
続いて陛下はお風呂にも入った。
やっぱりお世話係の侍女が三人も一緒だった。
僕もアイネが一緒だから、他人様のことはとやかく言えないね。
場合によってはセティアやカランさんまで一緒のこともあるし……。
ローザリアに戻ってから大きなお風呂は作っていないから、最近はみんなで入ることがなくなったなあ。
アイネだけは強引に押し入ってくるけどね……。
久しぶりに大きなお風呂に入りたいなあ。
平和になったら、領地のマークウッドに屋敷でも建てようか?
大きなお風呂のある立派なお屋敷なんて夢みたいだ。
ウォータースライダーを取り付けたらみんな喜んでくれるかな?
ぼんやりと屋敷のことを考えていたら、さっぱりとした顔で陛下がお風呂から出てきた。
そして僕のところまで小走りでやってきて、いきなりハグされた。
「キノシタ伯爵、ありがとう……」
ボディーソープのいい匂いがする。
僕は知らなかったのだけど、王様がこんな風に感謝の言葉を口にしたり、抱擁したりなんてことは滅多にないんだって。
それこそ最大級の賛辞で、これだけで僕は特別な存在であると内外に知らしめることになるらしい。
「気に入っていただけましたか?」
「うむ、最高だった。まだまだ試していない風呂も、シャンプーも、ボデ~ソープも、たくさんあるから次回が楽しみじゃ」
王様は愉快そうに笑っている。
「お風呂に入った後はしっかりと水分をお取りくださいね」
脱水症状は怖いのだ。
一説によると水分をしっかりとることで痴呆症も改善されるらしいぞ。
「たしかに喉が渇いたな。飲み物の準備をいたせ。キノシタ伯爵、余と一緒に飲んでいかれよ」
お茶に誘われてしまったぞ。
そうだ、いいことを思いついた!
「ありがたく頂戴いたします。お茶の準備ができる間、エレベーターをご覧にいれましょう」
「そうそう、それ! ずっと楽しみにしていおったのだよ!」
僕たちは新しいエレベーターに入った。
ガラス張りのエレベーター内は空調が行き届き、過ごしやすい温度と湿度が保たれていた。
少し広めに作ったので、品の良いテーブルや椅子も備え付けてあり、ちょっとしたラウンジみたいになっているのだ。
王様の住居は二階に集中しているので、エレベーターは現在二階に停止中である。
「これは素晴らしい! この箱が上に上がっていくのか?」
「そのとおりでございます。どうぞお掛けになってください」
陛下が腰かけると僕は最上階である四階のボタンを押してドアを閉めた。
さすがはキノシタ魔法工務店、不快な振動など一切しないでエレベーターが動き出したぞ。
「おおおおおっ!」
エレベーターが上昇すると、陛下は感動で椅子から立ち上がり、窓ガラスにへばりついた。
「素晴らしい……、素晴らしい眺めじゃ……」
外には所々に雪の残る冬枯れの庭園が広がっている。
ちょっと寂しげな風景だけど、太陽は明るく輝いていて、空は濃い群青色だ。
「陛下、せっかくの眺めですので、ここでお茶をいただきませんか?」
提案すると陛下はすぐ乗り気になった。
「それはいい。ティーセットをすぐにこちらへ運ばせよう」
「それならこちらを」
僕は壁の内線を手に取った。
「カランさん? ティーセットを三階のエレベーターホールまで持ってくるように指示を出してくれる?」
内線で話していると陛下は不思議そうに僕を眺めた。
「ひょっとしてそれが内線かね? 報告では聞いていたが……」
「お使いになってみます?」
「う、うむ……」
陛下は恐る恐るといった感じで手に取った。
「ん~、誰かあるか?」
これが王様の第一声だった。
これは後の歴史書にも書かれるんだけど、今は関係ないか。
「うむ……、うむ……、わかった。それではクウネル大臣に代わってくれ」
陛下は次から次へと臣下を呼び出して話している。
大切な話とかではなくて、ただ内線を使ってみたいだけのようだ。
新しいおもちゃを手に入れた子どもと同じだね。
そうこうしているうちに豪華なティーセットが運ばれてきた。
「それでは、最後の機能をお見せしますね」
「まだ何かあるのかね?」
「はい、最上階へのご案内です」
「最上階? はて、この四階が王宮の最上階のはずだが……」
僕はそっと『R』のボタンを押した。
エレベーターはスルスルと上に上がり、屋根を越えて空中へと躍り上がる。
「こ、これは!」
「キノシタ魔法工務店謹製のスカイラウンジでございます」
三百六十度のパノラマに陛下は小躍りして喜んでいる。
高所恐怖症じゃなく、むしろ高い所が好きなのはあらかじめリサーチ済みなのだ。
壁のすべてをガラス張りにしてあるから眺望はこの上なく素晴らしい。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、木下伯爵!」
僕らはローザリアの街を見下ろしながら、のんびりとアフタヌーンティーを楽しんだ。
◇◇◇
エレベーターができて以来、国王の外出する機会が増えた。
これまでは膝が痛くて階段が億劫だったが、それが解消されたからだ。
また、キノシタ伯爵が用意した温泉もよく効いた。
膝の痛みが軽減しただけでなく、国王は元気まで取り戻したのだ。
その証拠に温泉完成の翌年には、第五王女となるマリーナ殿下が誕生している。
この事実は臣下たちに衝撃を与えた。
そして、多くの者がキノシタ伯爵に温泉を引いてくれるように懇願するのだが、それはまた別の物語である。
スカイラウンジは王のお気に入りの場所となり、やがて『天空の間』と呼ばれるようになる。
『天空の間のゲスト』という単語は、特別な客という宮廷隠語にもなっていくのだった。
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