第50話 街道だから作ってみました


 陛下の依頼をこなした僕は、エルニアさんのおじいさんが捕えられているヴォルカン山脈へ向かうことにした。

 しかし世の中ってうまくいかないものだね。

 困ったことに、陛下も貴族たちも僕がヴォルカンへ行くことに反対してきたのだ。


「余はキノシタ伯爵が心配である。こう申してはなんだが、伯の戦闘力は心許ない。このまま宮廷にいてはくれぬか?」


 陛下が親切心から言ってくれているのはわかるけどなあ……。


「伯爵にはぜひ我が邸宅の改装をお願いしたい。料金は言い値で払う。だめであろうか?」

「我が家のパーティーにご参加いただけないだろうか? 孫娘を紹介したいのだよ」


 偉い公爵とか貴族たちにもたくさんお誘いを受けたけど、僕は首を縦に振らなかった。


「ヤンデール地方では僕のクラスメイトたちが戦っています。おっしゃるとおり僕に戦闘力はありませんが、仲間たちを慰問したいのです。僕だけが宮廷で厚遇を受けているわけにはいきません!」


 ちょっと強めにお願いしたら、なんとか要求は通った。

 カランさんがそっと教えてくれたけど、僕の機嫌を損ねない方がいい、という判断があったようだ。

 その代わり百人もの近衛中隊の護衛が付いてしまった! 

 隊長は顔なじみのヒゲ男爵である。

 こうして、僕は四人の女の子と百人の騎士に囲まれてヤンデール地方へと出発した。



 ヤンデールへの道はガウレアへ行くよりずっと太く、整備された道だった。

 そのおかげで馬車の揺れも少なく、僕のお尻も少しは楽な状態になっている。

 今のところは……。


「この道は南北交易の主要道路ですから、ローザリア王国でいちばん整備された道と言っても過言ではありません」


 ヒゲ男爵が教えてくれた。

 なるほど、そう聞いてよく見れば、荷馬車や兵隊さんたちがいっぱい行き来している。

 旅人の服装が多様なのも、それぞれの地域性が表れているからなのだろう。

 とはいえ、ちょっと街を離れてしまうと、何もない原野や森が続くのはどこでも一緒のようだった。


 旅も四日目に入った。

 朝からずっと移動を続けて、人も馬もヘトヘトになっていた。

 ここは街道の中でもかなりの難所で、三十数キロに渡って人の住む集落はまったくないそうだ。


「あと三十分も歩けば水場があります。そこで休憩にしましょう」


 馬車に馬を寄せてきたヒゲ男爵が教えてくれた。

 僕の腰やお尻もそろそろ限界がきている。

 男爵の言葉は希望そのものだった。


「遠慮なさらずに治癒魔法を受ければいいのです」

「やだ! みんなの前でお尻を触られたくないよ」


 カランさんの治癒魔法は直接患部に触らなくてはならない。

 場所を特定するためにお尻をまさぐられてしまうのだ。


「お、お薬を塗ってさしあげたいのですが、や、やっぱり直接見て塗る必要があります。わ、私はかまいません。む、むしろやらせていただければご褒美なのですが……あわわ、本音がダダ洩れしてしまいました」

「ありがとう、セティア。気持ちだけもらっておくよ」

「いっそ休憩なしで移動しませんか? 伯爵がどこまで耐えられるか興味があるなあ。もだえ苦しんで、けっきょく泣きながらお尻を差し出す伯爵とか最高すぎますよ! ハアハア……♡」


 発情メイドめ……。

 そんなやり取りをしている間に休憩地点に到着した。

 木や下草のない広い空き地で、近くに小川が流れている。

 馬たちはさっそく川に頭を突っ込み、乾いたのどを潤していた。

 僕も馬車からおりて凝り固まった腰を伸ばしているとヒゲ男爵がやってきた。


「お疲れ様です、伯爵。少々ご相談があるのですが、よろしいですか?」

「どうしました?」

「次の街まではまだ時間がかかります。いっそこの場所で食事にしようと思うのですが、いかがでしょう?」


 自炊か。

 騎士たちはお湯を沸かすポットなどを持っているので、紅茶を淹れて携帯したパンでもかじるつもりなのだろう。

 でも、それだけじゃかわいそうだな。

 僕ももう少しまともなものが食べたい。

 こうなったら……。


「三十分ほど時間をもらえませんか? いいものを作りますので」


 国を出る前に僕は国王から特別なお墨付きをもらっている。

 今後、国のどこに何を建てても構わないという許可状だ。

 殺人許可証を持つ情報部員ならぬ、建設許可証をもらった工務店だね。

 僕は自由裁量で何でも建てられるのだ。

 広場の隅まで行って、さっそく地面に手をついた。

 ここは大きな広場なので少々建造物があっても邪魔にはならないだろう。

 作るのは住宅ではなくプレハブ倉庫のようなものだ。

 ちょっとした雨風が凌げればそれでいい。

 問題はプレハブの内部に設置する中身なのだ……。

 

 目的のものはすぐ完成した。


「伯爵、これは一体なんでしょうか? 『ドライブインきのした』と書いてありますな……」


 ヒゲ男爵は看板を読んで戸惑っているぞ。

 ふふふ、それでは説明するとしよう。

 僕が作ったのは昭和の香りが漂う、食べ物の自動販売機を集めたドライブインなのだ。

 ドライブインと言っても、この世界に自動車はないけどね。


「食べ物の絵が付いた箱が並んでいるでしょう? あれは自動販売機と言って、必要な金額を入れると、絵と同じ食べ物が出てくる魔道具なのです」

「なんと⁉ ではここに200クラウンを入れるとトーストが出てくるのですか?」

「正確に言うとホットサンドですね」

「信じられん……。ですが、伯爵が嘘をつくはずもないですね。試してみてもよろしいですか?」


 僕がうなずくと、ヒゲ男爵は100クラウン硬貨を二枚入れてボタンを押した。

『調理中』というランプが赤く点灯して機械が動き出す。

やがて機械下の取り出し口にアルミホイルに包まれたホットサンドが現れた。


「熱っ!」


 無造作に取り出そうとした男爵が驚いている。


「食べるときも気をつけてくださいね。中のチーズもトロトロになっていますから」


 ワクワク顔の男爵がホットサンドにかぶりついた。


「うまい……。美味いぞ、みんな!」


 旅の途中で食べるこういうものって、なんだか不思議と美味しいんだよね。


「ホットサンドだけじゃなくて、フライドポテトやハンバーガー、カップに入ったヌードル、ナゲットなど、いろいろありますよ。飲み物の自動販売機はあっちです」


 騎士たちは喜んで思い思いの自動販売機に取りついていった。


「ネクタルだと⁉ か、神々の飲み物ではないか!」

「あ、ごめん。それは桃のジュースです。でも、とても美味しいですよ。僕も買おうかな」

「焼きおにぎり? 牛丼? 初めて見るものばかりだ……」

「ぜひ挑戦してみてください」

「きつねうどん⁉ キツネなど食べられのか⁉」


 説明するのがめんどくさい……。


 騎士たちはフライドポテトやピザに感動したり、コーラの炭酸に驚いたり、振って飲むプリンを大絶賛したりと忙しそうだった。


 僕も久しぶりにうどんを食べた! 

 これ、同級生たちも喜ぶだろうなあ。

 実は自動販売機はきのした魔法工務店のオリジナル備品ではなくリースだ。

だから当然お金がかかっている。

 商品も冷凍倉庫から時空間転送で送られてくるようだが、こちらも仕入れにお金がかかる。

 騎士たちが自腹を切っているとはいえ、初期投資を考えれば当然赤字だ。

 でもお風呂やトイレ、エレベーターのお礼として、王様から五億クラウンも貰っているので僕の懐は温かい。

 ヴォルカンに着いたら、クラスメイトのために日本のご飯が食べられるようなものを作ってみよう。


 騎士たちは自動販売機を何周もしていろいろな食べ物を試していた。

 日持ちのする飲み物やスナック菓子も買い込んで荷物入れにしまったようだ。

 そろそろ出発の時間かな?


「みなさん、いいですか? もうドライブインを解体しますよ!」

「解体? なぜそのようなことを? もったいなさすぎです!」


 ヒゲ男爵が抗議してきたぞ。


「そのままにしておいたら邪魔になりませんか?」

「ここは国王陛下の直轄地ですが、キノシタ伯爵は特別免状をお持ちのはず。こんなに素晴らしいものを取り壊すことはないでしょう。この辺りは集落も店もないのです。旅人がどんなに喜ぶかしれませんよ」


 うん、さっきからぜんぜん関係ない人たちが、騎士たちの真似をしてせっせと自動販売機で商品を買っているもんね。

 売り上げが伸びれば赤字幅は減少するから文句はない。


 結局、『ドライブインきのした』はそのまま残していくことになった。

 自動販売機を壊されるのは嫌だったので、またセコソックと契約したよ。

 とんだ出費になると思ったけど、見ているはじからお客さんは絶え間なくやってきている。

 これなら収入は遠からず黒字になりそうだ。


 その後、陛下からの正式な書状が届き、年間60万クラウンの土地代を払うことで『ドライブインきのした』の存続が決まった。

 今の感じだと月の売り上げは70万クラウンくらいにはなりそうだから、けっこうな利益になりそうだ。

 新しいものが作れたし、みんなが喜んでくれたので、僕は満足だった。

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