第51話 過去の話 これからの話


 ローザリアを出発して十一日、ついに僕らはヴォルカン廃坑前の野営地に到着した。

 ここは標高三千メートル級の山々が連なる場所で、ローザリア軍は山のふもとの平地に陣を張っていた。


「木下? 木下じゃないか!」

「おお、竹ノ塚!」


 フルプレートの騎士がこちらへ歩いてくると思ったら、クラスメイトの竹ノ塚だった。

 三カ月ぶりくらいの再会だけど、竹ノ塚の体つきは一回り大きくなった気がする。

 落ち着きのないやんちゃ坊主だったはずなのに、なにやら風格まで備えた顔つきになっているぞ。

 僕よりずっと年上の男みたいだ。


「ひっさしぶりだな、木下。西の方で七大将軍とドラゴンを討伐したって? 俺たちの出世頭じゃないか!」


 無邪気に肩を組んでくるところは前のままだ。

 素直に僕のことを喜んでくれる真っ直ぐさも変わっていなくて、僕にはそれがうれしかった。


「竹ノ塚も不動のパラディンなんて呼ばれて、みんなに慕われているんだろう?」

「そんなたいしたもんじゃねえけどな」


 はにかむ姿は僕と同じ十八歳だった。


「他のみんなは元気にしている?」

「おう、こっちで休憩中だ。一緒に行って驚かせてやろうぜ!」


 僕は竹ノ塚に引っ張られて大きな陣幕の中に入っていった。



 クラスメイトは思っていた以上にみんな元気だった。

 こちらの生活にも慣れ、不自由な異世界でもなんとかやっているそうだ。

 ヴォルカンに派遣されているクラスメイトは四人。

 パラディンの竹ノ塚、聖女の今中さん、斥候スカウトの三郷さん、そして聖弓の射手、小川由美である……。

 そう、僕の元カノだ。

 由美とはとは高1の冬に少しだけ付き合っていたことがあるんだよね。

 すぐに振られちゃったけどさ。

 あのときはへこんだなあ。

 あれからクラスでも話さないようにしていたし、互いに目も合わさなかったよ。

 何の因果か高三でまた同じクラスになって、一緒に異世界へやってきてしまったけどね。

 腐れ縁なのかな?


 引きずっているわけじゃないけど、今でも気まずい思いはある。

 それは向こうも同じようで、軽い挨拶をしただけで由美とはほとんどしゃべらなかった。

 僕と由美がつき合っていたことを知っているのはクラスでも数人だから、竹ノ塚たちは何も知らない。

 まあ、僕から話すことでもないし、このことはそっと胸にしまっておくとしよう。


「戦闘は膠着状態だって聞いたけど、どうなってるの?」


 僕は竹ノ塚に聞いてみた。


「まさにそのとおりだぜ。ヴォルカンの内部は入り組んでいるし、魔物たちは深い洞窟の奥にいるんだ。正確な居場所さえわからねえ」


 斥候の三郷さんが話を続ける。

 彼女は魔法を駆使して、自分の存在を消す『ステルス』という能力を持っている。

 感覚のするどい魔物も彼女を探知することができないのだ。


「私が偵察に出たんだけど、洞窟の内部はトラップだらけだったわ。しかも区画ごとに頑丈な鉄格子が張られていて、鍵がないと奥へ行けない仕掛けになっているの」


 僕は黒い戦闘服に身を包んだ三郷さんを凝視した。


「な、なによ?」

「いや、三郷さんは雰囲気が変わったなって思って」


 向こうの世界にいたとき、三郷さんはギャルだったのだ。

 服装や化粧も派手だった。

 それが今や、革製の戦闘ジャケットを着こみ、やたらと影が薄く感じる。

 そういえば化粧もしていないな。


「しょうがないでしょう、私は斥候なんだから。いつまでも遊んでらんないし……」


 そう言った三郷さんは前より少し大人びていたけど、どこか悲しそうでもあった。

 竹ノ塚が再び口を開く。


「まあ、そんな感じだ。大軍が送れないので、戦うのは俺たちが中心になるけど、トラップのせいで攻めあぐねているというのが現状だな」

「打開策はあるの?」

「今は助っ人の到着を待っているところだ」

「へえ、それは誰?」

「爆炎の魔術師、吉田だよ」


 吉田は元卓球部で地区大会二位の実力者だったけど、異世界では何の関係もない火炎系の魔術師になった。


「ははーん、吉田の爆炎竜を洞窟に撃ちこむんだね」

 

 爆炎竜は竜体をした超高温の炎が暴れまわる、吉田の超絶魔法だ。

 卓球のカットマンとして名を馳せた吉田だったけど、つくづく関係のない技を身につけたなあ……。


「そういうこと。だけどうまくいくかはわからねえんだ」

「どうして?」

「ヴォルカンを仕切っているのは岩魔将軍ロックザハットって魔人でさ、やつは岩を自由自在に操るんだ。途中で穴を遮断されたらそれまでだぜ」


 じゃあ奇襲攻撃をしかけるしかないのかな? 

 夜襲とか? 

 戦いのことはよくわからない。


「いまだに戦いは慣れないよ。ここは山の中だから生活も大変なの」


 そう言ったのは聖女となった今中さんだった。

 ますます綺麗になっていて、全身から立ち上るオーラがすごすぎて近寄りがたいほどだ。

 でも、今中さんは相変わらず気さくで、僕には気軽な感じで話しかけてくれる。

 それにしてもここの兵士たちは僕を暖かく迎え入れてくれたな。

 異世界人だからと怖がる風もない。

 竹ノ塚や今中さんたちが奮戦して、信頼関係を築いてくれたからだろう。

 僕もそれに続きたいと思った。


「まずはみんなに必要なものを作っていくよ」


 さっそく風呂やトイレを作ると、クラスメイトも将兵たちも大喜びだった。

 これまでは適当なところに穴を掘ってするというのが基本だったそうだ。

 前線だからお風呂もなく、たらいのお湯で体を洗うだけの生活だったらしい。

 竹ノ塚は僕の手を痛いほど握りしめて懇願した。


「俺、ローザリアに屋敷を貰ったんだ。この戦いが終わったら帰るから、ぜってえ風呂とトイレを頼むぜ、木下」


 今中さんも同じように頼んでくる。


「木下君、私もお願いしていい?」

「当たり前だよ。俺が困っていたときに助けてくれたのは今中さんだろ? いちばんいいトイレを作ってあげるからね」

「お、今中ばっかりずるいぞ。俺にも高級トイレを頼む」

「わかった、わかった。竹ノ塚のウォシュレットは勢いを二倍にしてやる」

「尻が吹き飛ぶわっ!」

「鉄壁のパラディンなら大丈夫さ」


 同級生の気安さでできるバカ話は楽しかった。

 三郷さんにも同じように頼まれたし、ローザリアに戻ったらさっそく作成するとしよう。

 ただ、由美は何にも頼んでこなかったな。

 たぶん遠慮しているんだろうけど……。



 夜になって自分の天幕で考え込んでいると、カランさんが唐突に話を切り出した。


「で、オガワ・ユミ様とは何がありましたか?」

「はっ? いや、別になにもないけど……」

「嘘がお下手ですね」


 カランさんは身じろぎもしないで僕を見つめてくる。


「私は伯爵を補佐する立場。できることなら話していただきたいのですが」


 いまさら隠すこともないか。

 もう終わったことだ。


「二年前かな、ちょっとだけ付き合っていたことがあるんだ」

「そのご様子ではもうお別れになったのですね」

「うん、フラれたよ。しかも、別れを切り出される前に先輩とデートをしているのを見ちゃってさ。修羅場だったんだ……」


「今から行って首を落としてきましょうか?」


 天幕に入ってくるなり、冷静にそう言ったのはエルニアさんだった。

 いや、冷静に見えるだけだ。

 目がいっちゃってる……。

 どうやら外で立ち聞きしていたらしい。

 後ろにはセティアとアイネもいる。

 みんなに聞かれてしまったか……。


「エルニアさん、もう昔のことだよ」

「いーえ、タケル様を傷つけるなんて絶対に許せませんわ。この剣で首を取ってやりますとも」

「相手は召喚者だよ。返り討ちにあうんじゃないかな?」

「ど、ど、毒ならワンチャン……」

「セティア、怖いから鞄の中を探るのをやめてくれない?」


 僕が二人を諫めていると、トロンとした表情のアイネが近づいてきた。

 今夜はいつも以上に目がハートマークだ。


「な、なんだよ?」

「寝取られ伯爵……最高じゃないですかぁ♡ 私がベッタベタに慰めてさしあげますわ」

「ちょっとアイネさん、抜け駆けは許しませんことよ!」

「そ、そ、そ、そうです。それならいっそ私もそちらの陣営に加えてください。毒薬はやめて媚薬を……」


 どこまでも堕ちていく未来しか見えない⁉


「それには及びませんわ。エルニア様とセティアはオガワ様の寝首を掻いてきてくださいな。私はサレ伯様をお慰めしますので」

「失礼だな、サレ伯ってなんだよ!」


 三人はギャーギャーと言い合いを始めて、カランさんは呆れ顔で肩をすくめている。

 大騒ぎのおかげで沈んだ気持ちでいるのがバカらしくなってきたぞ。

 よかった、みんながいてくれて。

 テントの中は騒々しいけど心の底からそう思えた。



 その夜、僕は竹ノ塚と風呂に入った。

 兵たちも使えるように大きな露天風呂を二つ作ったのだ。

 岩盤をくりぬいてお湯を張るだけだったので、作製時間は一時間くらいのものである。

 簡素なつくりだけど、そのおかげでお湯につかりながら満天の星空がよく見えた。

 屋根は明日つければいいだろう。

 

「ふぅ、やっぱり風呂はいいなぁ」


 竹ノ塚は両手で頭を揉みながらリラックスしている。

 僕は星を眺めながら今後のことに思いを巡らせた。


「どうした、木下? 難しい顔をしているな」

「うん……。もしもだよ……、もしもトンネルを掘って廃坑の奥に出られれば、竹ノ塚たちは魔軍を倒せる?」

「トンネル? どういうことだ、詳しく話してみてくれ」


 一人で悩んでいても仕方がない。

 ここはクラスメイトの知恵と力を借りるとしよう。

 僕は竹ノ塚と今後のことを話し合った。

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