第47話 妄想の黒い翼


 ようやく落ち着いたエルニアさんから事情を聞いた。


「つまり、ヤンデール公爵を人質に取られて、魔族に僕の情報を流していたということだね?」

「そのとおりでございます! さあ、タケル様。罪深い私をぶって! 足蹴にして! 罵詈雑言を浴びせてくださいましっ!」

「そういうのはいいから……」


 ちょっと嬉しそうな顔をしてない、エルニアさん?

 僕が仲良くなる女の子は、どうしてそろいもそろってクセが強いのだろう?


「でも、なぜ本当のことを話してくれる気になったの?」

「タケル様の真心に触れて正気を取り戻しました! この乗馬鞭でお気のすむまで私のお尻をぶってください!」


 とても正気とは思えないなっ! 

 この世界の女の子って、日本の女子とはだいぶ違うみたいだよ。


「エルニアさん、もういいからぶってとか言わないでよ」

「こんな汚い女を許してくださるのですか?」

「エルニアさんは汚くないよ。おじいさんのために一生懸命だったのでしょう?」

「タケル様……、なんとお優しい。優しく殺してください」


 もう勘弁してくれ。


「新たな病人が現れましたね」


 カランさんはクールに酷評している。


「有望株ですわ! 私は大好き」


 アイネ……。


「人をそんな風に言ったらダメでしょ。それより今後をどうするか考えよう。エルニアさん、ヤンデール公爵はどこにいるの?」

「ヤンデールの首都は魔軍に制圧されましたが、ローザリア軍と召喚者によって街はすでに奪還されています」


 その話なら聞いたことがある。

 奪還されたと言っても復興には程遠いらしいけど……。


「ただし、魔軍は完全に撤退したわけではありません。七大将軍の一人、岩魔将軍ロックザハットが率いる精鋭が北のヴォルカン山に立てこもって抵抗を続けており、おじい様はそこに幽閉されています。私も長くそこに閉じ込められておりました」

「ヴォルカン山というのはどんなところ?」

「もともとは魔結晶の採掘場でした。鉱脈は何年も前に尽き、今では廃坑になっております」


 戦争のことはよくわからないけど、攻略は難しそうだなあ。

 カランさんが情報を補足してくれた。


「ヴォルカンは数ある激戦区の一つです。現在は伯爵の級友方が攻略中ですよ」

「誰が派遣されているの?」

「パラディンのタケノヅカ様、聖女のイマナカ様、斥候(スカウト)のミサト様、それと聖弓の射手のオガワ様の四名です」


 小川由美の名前に、僕は少しだけ動揺した。

 そうか、由美もいるのか……。

 ちょっとだけ気が重いな。

 打ち明けてしまうと、小川由美は元カノなんだよね。

 短い期間だったけど、付き合っていたことがあるのだ。

 しかも、あまりいい別れ方をしていない。

 まあ、今さらという気はするけどさ。

 それにやっぱり、同級生のことは気になる。

 特に今中さんはこの世界に来たばかりのころに僕を助けてくれたし、竹ノ塚だって協力的だった。

 戦闘に参加はできないと思うけど、みんなのために快適な兵舎くらいは作ってあげられるはずだ。


「ヴォルカンの坑道はトラップだらけで、攻略は遅々として進んでいないという報告が来ております。また、岩魔将軍ロックザハットは防衛戦が得意な魔人で、みなさまはかなり苦戦を強いられているようです」


 あいつらも苦労しているんだな……。


「行ってみようか?」


 提案するとカランさんに呆れられてしまった。


「本気ですか? ガウレア城塞よりもずっと危険なところですよ」

「そうかもしれないけど、クラスメイトのことが気になるんだ。 陛下からの依頼を終わらせたら、すぐにヴォルカンへ行ってみるよ」


 エルニアさんが僕の手を掴んだ。


「それでしたら、私もお連れください!」


 そうだなあ、エルニアさんのことはどうしよう……。


「エルニアさんは魔人に情報を流さなければならないんだよね?」

「いえ、タケル様の情報はもう流しません」

「でも、それじゃあおじいさんが危ないだろう?」

「それは……」

「今後も情報を流していいよ。どうせ僕の目的はクラスメイトに風呂やトイレを作ってやることだしね」


 この程度のことなら敵側に漏れても問題ないだろう。

 むしろ、いざというときにエルニアさんがダブルスパイとして役に立ってくれるかもしれない。

 エルニアさんはしばらく考え込んでからこんな提案をしてきた。


「でしたら私もハーレムの一員にしてください!」


 はあっ?

 この人は何をぶっこいているのだ?


「あの、なにか誤解があると思うのですが。僕はハーレムなんて……」

「お隠しにならなくても結構です。わたくし、そういうことにも理解がある方ですから」


 そういうことって、どういうこと!


「こう見えて私、好きになった殿方には尽くすタイプなのです。束縛はちょっと厳しめかもしれないですけど、愛する人のためならどんなことも受け入れてしまうので、遠慮なくなんでもおっしゃってください!」


 グイグイと踏み込んでくるエルニアさんをなんとか止めた。


「ちょっと待って! エルニアさん、それは本当に誤解だ」

「でも、じっさいに取り巻きの女性がたくさんいらっしゃるではございませんか……」


 カランさんやアイネ、セティアのことを言っているようだ。


「私は国からの命令で伯爵のサポートをしているだけです。恋愛感情や肉体関係はありませんね」


 カランさんはドライだなあ。

 事実ではあるけど。


「ただの主人思いなメイドですぅ♡」


 主人思いねぇ……半分は認めるけど、半分は趣味だと思う。

 肉体関係については微妙だけど、黙っておこう……。


「こ、こ、恋人だなんて恐れ多い。じょ、助手として雇われているだけです。そんなことになったら毎日が気絶です。お漏らしの連続です!」


 ちょうどセティアが帰ってきた。

 久しぶりにムンクの叫び顔を見たな……。

 毎日が気絶ってなんだよ。


「そうなのでございますか! 私はてっきり連夜のパーリーナイトかと……」


 思い込みが激しすぎる!


「とにかく、エルニアさんは新しいメイドとして僕が雇ったことにしましょう」

「そうやって敵の目を欺くのですね」

「そのとおり。エルニアさんは剣術が達者だから、メイド兼護衛として気に入られたことにするのです」

「承知いたしました」


       ◎◎◎


 ローザリアの郊外。

 エルニアは再び魔人と接触を図った。


「どうだ、キノシタ・タケルの懐に飛び込むことに成功したか?」

「ええ、簡単なものだったわ」


 相変わらず事務的な態度を崩さずエルニアは報告した。


「ふむ、どうやった?」

「どうやったもこうやったもないですわ。キノシタは私を一目見るなり告白してきたの」

「なんだと……」


 妄想の黒い翼がエルニアの心の中で羽ばたいた。


「君こそ僕が探し求めていた理想の女性だ。僕は君に出会うために時空を超えて召喚されたんだと思う、ですって」

「キノシタがそう言ったのか?」

「ええ、はっきりと、私の目を見て。もう君しか見えない。君がいなければ生きていけないともおっしゃっていましたわね。それからは毎日一緒にいるわ」


 魔人は疑わし気にエルニアを見つめた。


「毎日一緒にいて、なにをしているのだ?」

「リフォームよ」

「リフォームぅ?」

「二人で配管を設置したり、照明を取り付けたりしていますの」


 エルニアは内緒話を打ち明けるように声をひそめた。


「ここだけの話、ときには鉄骨を組むことだってありますわ。これを手伝えるのは私だけなのです。魔力の弱いアイネやセティアには任せられないって、うふふ……。私はタケル様にとって特別なの」


 魔人は困惑気味にうなずいた。


「つ、つまり、上手くキノシタに取り入れたわけだな」

「ええ、それはもう……」


 エルニアは夢見心地で宙を見つめている。

 まるで、すてきなビジョンがそこにあるかのように。


「それならいい。今後も報告を続けるのだぞ」


 うっとりとしているエルニアを残して、魔人は闇に消えた。

 エルニアは魔人が去ったことにさえ気づいていなかった。

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