第46話 工務店の仕事じゃない


       ◎◎◎


 タケルが国王に建築スケッチを見せている頃、エルニアは城門の外で魔人と接触していた。

ちょうど約束の晩だったのだ。


「それで、キノシタ・タケルの能力について何かわかったか?」


 尊大な態度の魔人に対してエルニアは事務的に報告を行った。


「あいつには建築の能力しかないわ。危険人物ではないと思う」


 そっけないエルニアの態度に魔人は声を荒げた。


「ならばなぜブリザラス将軍は死んだ?」

「…………」

「まあいい。奴の今後の予定は?」

「当面は王宮のリフォームをするそうよ」

「リフォームとは家の改装のことか?」

「ええ、『工務店』というのは、そういったことを引き受けるジョブなんですって」


 キノシタ・タケルが卓越した戦闘力を有しているのなら、すぐに前線に送られてしかるべきである。

だが、国王たちはキノシタを手元にとどめおいている。

ならば、キノシタは本当に危険人物ではないのか……? 

魔人は思案する。


「聞いた話によると、キノシタは伯爵に叙任されたそうよ。領地は北のマークウッドみたい……」


 その地名を聞くと魔人は皮肉そうな笑みを浮かべた。


「マークウッドだと? ククク、もともとあそこはヤンデール公国の領地ではないか。今は住む者もなくなったようだがな」


 お前たちのせいではないか! 

 エルニアは叫びたかった。

 平和な森を蹂躙じゅうりんしたのは魔族であり、それを取り戻したのがローザリアの召喚者たちだ。

 ヤンデール公国は没落の憂き目にあっているし、奪還されたマークウッドはすでにローザリア王国に組み込まれている。


「引き続き奴と行動を共にして情報を集めよ。どんな手段も厭うなよ」


 闇に体を溶かして立ち去る魔族を、エルニアは無言のままに見送った。


       ◇◇◇


 王様は僕の建築スケッチを見て首をかしげていた。


「キノシタ伯爵、これはいったい何なのだろう? 透明な塔が宮殿に取り付けられているようだが……」

「エレベーターというものです。これに乗れば階段を使わなくても宮殿の中を移動できますよ」

「おお!」


 陛下はすぐに興味を示して、スケッチに見入っていた。


 エレベーターにもいろいろあるけど、今回僕が採用したのはシースルーエレベーターとも呼ばれる透明エレベーターだ。

 壁とカゴのどちらもがガラス製で、非常に見通しがよくなっている。

 宮殿には立派な庭園があるので、エレベーターからも四季の移り変わりがよく見えるようにと考えたのだ。

 陛下は非常に喜んで、その場で建築許可をくれた。



 早朝から仕事に取り掛かった。

 頼りになるグスタフとバンプスはもういない。

 こうなったら新しい社員を任命してしまおう。


「というわけで、アイネとカランさん、よろしくお願いします」

「は~い」

「どうして私が? 伯爵の助手はセティアではありませんか?」


 カランさんは不服そうだ。


「セティアには王都周辺で取れる薬草の調査へ行ってもらっています。だから文句を言わずに手伝ってください。制服も貸し出しますので」


『工務店』の新しい力で制服が出せるようになった。

 いわゆる作業着ブルゾンとズボンの上下である。

 動きやすくて帯電防止機能もついているぞ。

 色はシルバーグレーで、白い安全ヘルメットと鋼鉄板の入った安全靴もついている。

 どういうわけか、物理防御力とアンチマジック効果の高いプロテクターもついている優れものだ。

 さっそく着てもらったけど、二人ともなかなか似合っていた。


「さすがはカランさん。どんな服でも着こなしちゃいますね。経験もないのに現場監督の風格が出ていますよ」

「まあ、私は全方位に優秀な才女なので」


 褒められてまんざらでもないようだ。


「カランさんとアイネには寝室の窓ガラスをお願いするね」


 作業をしながら僕は領地のことをカランさんに聞いた。


「僕がもらったマークウッドって、どんなところですか?」

「過大な期待はしない方がいい場所ですよ」

「というと?」

「もともと、マークウッドはヤンデール公国の領地でした。しかし魔物に侵攻され、森を焼かれてしまったのです」

「ヤンデール公国って、エルニアさんの故郷の?」

「ええ。マークウッドには焼けた森しかありません。伯爵という爵位には領地がつきものですので、便宜的にマークウッドが与えられたと考えてください」


 あれ、おかしくないか?

 マークウッドってローザリア王国じゃなくてヤンデール公国の領地だろう。

 それなのに僕がもらってしまってもよいのだろうか?


「マークウッドはずっと魔物の支配を受けてきたのですが、数年前にローザリア軍と召喚者が取り戻しました。それ以来ずっと無人の状態が続いているのです」

「ヤンデール公国にマークウッドを返さなくてもいいのかな?」


 気になることを聞いてみた。


「ヤンデールは国力を失っており、統治できる状態ではありません。ヤンデール公爵は行方不明、ご子息夫妻も戦乱の中でお亡くなりになっています」

「でもさ、そこに住んでいた人たちはどうなるの? 街が復活したら故郷に帰ってきたくなると思うよ。生き残ったヤンデール人たちに土地を返してあげたいなあ……」

「いくら伯爵とはいえ、国土を勝手に割譲するわけにはいかないでしょう。まあ、辺境ではありますが……」

「じゃあさ、僕がすごい功績を立てて、魔族からローザリアの領地を取り戻したらどうなるかな? 陛下はマークウッドをヤンデール人に返すことを認めてくれるかな?」

「あるいはそういうこともあるかもしれません」

「ぶっちゃけ、領地とか要らないんだよね。面倒だし、領地経営なんて工務店の仕事じゃないもん」


 本音トークをかますとアイネが僕に抱きついてきた。


「地に足のついていない伯爵がステキ! 今夜はダメ伯爵にめちゃくちゃにされたい気分だなあ♡」


 おいおい、それこそダメだろう。

 作業着ブルゾンの胸元を開いて誘惑してくるのは反則じゃないか? 

 安全ヘルメットとおっぱいという、これまでにないシュールさが妙に煩悩を揺らしてくるぞ。

 もしかして『工務店』特有の性癖だったりして……。 

 ここで誘いに乗ったら本当のダメ人間になる気がする。


「アイネ、落ち着いて……」


 王宮のリフォームが終わったらマークウッドに行ってみるというのもおもしろそうだ。

 とにかく今は作業に没頭するとしよう。


       ◎◎◎


 エルニアはタケルたちを訪ねて王宮へ来ていた。

 ヤンデール公国の姫である彼女はローザリアの宮廷にも知人が多い。

 タケルとカランの書状もあったので、あっさりと中へ入ることができたのだ。

 そうやってタケルたちが作業をしている現場まで来たのだが、エルニアは偶然にもタケルたちの会話を聞いてしまった。


 生き残ったヤンデールにマークウッドを返す……?

 その言葉にエルニアは全身を戦慄わななかせた。

 まさか、キノシタ・タケルの口からそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかったのだ。


 かたくなだったエルニアの心に亀裂が走った。

 そう、キノシタ・タケルは悪人ではない。

 悪人なのは私の方なのだ……。

 祖父のためとはいえ、私は人間の情報を魔族に流した。

 その罪の重さから逃れるためにキノシタ・タケルを悪者にしていたのだ。

 そうやって私は少しでも自己正当化しようとしていたのだわ! 

 なんと醜い‼

 エルニアの反省と後悔はどこまでも加速していく。

 こんな私はメス豚と誹られるべきなのよ。

 そう、醜いメス豚だわ! 

 そして、縄で縛られて、ムチ打ちの刑に処されればいいのだ‼

 キノシタに……、いえ、キノシタ様に……、いえ、タケル様に……、いえ、我が愛しのタケル様にだったら、むしろそうしていただきたいっ!

 たとえ体は許しても、心だけは渡さないなんて愚かなことを考えていたこともありました。

 でも、体ではなく、心を先に持っていかれてしまいましたわ!

 もう、魂のレベルで完堕ちですわよ!

 決めましたわ。

 私はキノシタ・タケル様に一生お仕えしましょう。

 友として、こ、恋人として、で、できれば、い、い、い、一生の伴侶として!

 あの人のために生き、あの人のために死ぬのです。

 タケル様の恩に報いるにはそれしかない!

 ヤンデールの道は死ぬことと見つけたり!

 それこそが私の生きる道。

 間違いない!


 感情が高ぶったエルニアはタケルたちが作業している部屋に飛び込んでいった。


       ◇◇◇


「タケル様ぁああ! 薄汚いメス豚を躾けてくださいましぃいいいいいいいいっ!」


 泣きながら飛び込んできたエルニアさんに僕らはドン引きだった。


「え~っと……、僕は工務店なんで、そういうのは畜産家にお願いした方がいいのではないでしょうか?」

「うあああああああああああん!」


 髪を振り乱して泣き叫ぶエルニアさんを落ち着かせるのが大変だった。

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