第45話 王様と工務店



 ガウレア城塞を出発して十日目。

 午後にはローザリアへ到着というところまで僕らは来ていた。

 長かった旅もようやく終わりを迎える。

 カランさんは相変わらずクールなんだけど、今日は心なしか機嫌がいいように思える。

 きっと王都に戻ってこられて嬉しいのだろう。


「ご城主様、この先の集落で休憩にしましょう。おそらく迎えの騎士たちが待っているはずです」

「へー、そうなんだ。どうして?」

「ご城主様は七大将軍の一人を倒した英雄でございます。ローザリアでは凱旋パレードが控えているので、その準備のためです」

「そうなの! なんだか恥ずかしいなあ……」

「王都の住民たちはご城主様がいらっしゃるのを、首を長くして待っているのです。堂々としていてくださいね」

「はあ……」


 人前に出るなんていやだなあ。

 そういうのは性に合わない。

 勇者ではなく、僕は工務店だからね。

 情けなくため息を吐く僕を見てアイネがほくそ笑んだ。


「ご城主様のそういうところ、大好きですよ。あとで私がたっぷり慰めてあげますからね」


 アイネはそう言って怪しい視線を投げかけてきたけど、カランさんがピシャリと跳ね付けた。


「そんな暇はありません。凱旋パレードの後は王宮で祝勝会です」

「そんなことまでするの!」

「当然です。祝勝会は王族や諸侯が列席されます。しっかりしていてくださいね。補佐役である私の資質が問われますから。私の出世の妨げになるようなふるまいは厳に謹んでください」

「はいはい。カランさんの薫陶くんとうよろしきを得ている、立派な召喚者として振舞いますよ……」

「それでけっこうです」


 今日のカランさんは、嬉しそうでもあったけど、ナーバスになっているようでもあった。



 迎えだなんて大袈裟だ、と考えていたけど、本当に僕を迎えるために近衛騎士たちが待っていた。

 数にして二百騎と規模が大きい。

 馬も騎士も式典用の礼装で派手に飾り立てていた。


「お待ちしておりました、キノシタ・タケル様。私は近衛騎士団千騎長のヒゲ男爵であります」


 名前の通り立派な口ひげを蓄えた騎士が満面の笑みで僕を出迎えてくれた。


「わざわざ、ありがとうございます。でも、これはいったい……」

「もちろん、キノシタ様の凱旋パレードを行うためです。どうぞこちらの馬車にお乗りください」


 勧められた馬車は白塗りのオープンスタイルで、あちらこちらに金の装飾が施されていた。

 金ぴかすぎて目が痛くなるほど派手だ。


「すごく立派な馬車ですね。僕が乗ってもいいのかな?」

「当然ですよ。キノシタ様はスノードラゴンと氷魔将軍ブリザラスを討伐したのですから!」


 討伐はほとんど偶然みたいなものだけど、褒めてもらえるのは嬉しいよね。

 男爵は少し寂しげな顔になって教えてくれた。


「私の弟は氷魔将軍が率いる軍勢と戦って戦死しました。だからキノシタ様は私にとって特別な英雄なのです。今回の護衛役も志願してここまで来ました」


 そんな事情があったんだ……。

 ヒゲ男爵の話を聞いて、僕も英雄らしく胸を張らなきゃならない気がした。


「さあ、ご城主様、出発いたしますよ」


 カランさんに急かされて、僕は金ぴか馬車に乗り込んだ。



 ローザリアの都では大歓迎を受けた。

 人々は往来で手を振り、花びらや紙吹雪をまいて戦勝を祝ってくれた。

 今さらながら事の重大さを知った気分だ。



 王宮に到着すると王様に謁見した。


「木下殿、此度のこと感謝いたすぞ」


 王様は丸っこくて、人のよさそうな顔をしたおっちゃんだった。

 年齢は六十手前くらいだろうか? 

 想像していたよりずっと親しみが持てるタイプで安心した。


「大功のあった木下殿には伯爵位を遣わす」


 王様が宣言すると、周囲の人々が歓声を上げていた。

 ずっと僕に付き添ってくれていたヒゲ男爵も自分のことのように喜んでくれている。


「おめでとうございます、キノシタ様。いえ、キノシタ伯爵ですな!」


 どれくらいスゴイことなのかよくわからなかったけど、僕は伯爵の地位とマークウッドという領地を貰った。

 爵位と領地の価値については後でカランさんに教えてもらうとしよう。


 そうそう宮廷魔術師長のラゴナ・エキスタさんにも、感謝と謝罪の言葉を受けたよ。

 ラゴナ・エキスタさんを覚えていないかな? 

 ほら、召喚の儀式を執り行った魔術師長さんね。

 僕をガウレア城塞へ送ったのもこの人だ。


「どうかお許しください。このラゴナ、すっかり人を見る目を失っていたようです」

「もういいですよ。僕もガウレア城塞ではいろいろと経験できましたし」


 最終的に僕を放り出したりせず、城主の役割をくれたのだから恨んだりはしていない。


「ところで、僕は今後もガウレア城塞の城主でいいのですか?」

「そのことですが、キノシタ伯爵の任務はいったん解かれます。今後しばらくは、陛下のために働いていただければと存じます」

「聞いています。トイレとお風呂ですね」


 王様のためにそれらを作るのはいいんだけど、最近はお風呂とトイレばかりで少し飽きてきているんだよね。

 何か別のものが作りたいなあ……。


「リフォームにはすぐ取り掛かります。あと、教えてほしいのですが、僕のクラスメイトたちはどうしていますか?」

「みなさん元気に過ごされていますよ」


 それを聞いて安心した。

 みんなは各地で活躍して、少しずつ魔物を討ち果たしているとのことである。

 今のところ大怪我をした人や、死んだ人はいないそうだ。


「召喚者の皆さんはたまに都へ戻って休息を取られます。そのうちキノシタ伯爵もお会いになることができるでしょう」


 謁見の後は祝宴会になり、百人以上の偉そうな人達とご飯を食べた。

 ぶっちゃけ、ビビり倒していた! 

 いつも一緒のカランさんも宴席のときは離れていたからね。

 当然、セティアとアイネもいない。

 エルニアさんとも王都の手前で別れている。

 何かあったら訪ねてきてと、僕とカランさんのサイン入りの書状を持たせてあげた。

 ひょっとしたら近いうちに再会できるかもしれないね。

 エルニアさんはちょっと不思議なお姉さんだったなあ。

 気が付くと僕をじっと凝視していたり、虚空を見つめてハアハアしていたり……。

 基本的には誰にでも優しくていい人だったけどね。


 大きなステーキを食べていたら、隣に座っていた王様に話しかけられた。

 僕を気遣ってか、さっきからいろいろと話題を提供してくれるのだ。

 見かけだけじゃなくて、じっさいに人柄もいいのだろう。


「キノシタ伯爵のためにもう一度乾杯をしよう。デザートが来る前にな」


 王様はそう言って、杖を使って立ち上がった。

 あれ、立ち上がるときに顔を歪めて苦しそうにしたぞ。


「陛下、どこか痛いのですか?」

「古傷だよ。昔、戦場で膝に矢を受けてな。冬になるといまだに痛むのだ」


 優しそうだからぜんぜんそんな風には見えなかったけど、王様も苦労をしているんだなあ。

 だから杖が手放せないんだ。


「これでも昔は前線で指揮を執っていたのだよ。柄にもなくね」


 王様は自嘲的に笑っていたけど、僕は立派だと思った。

 戦場に立つ恐怖は僕も経験していたから。

 そうだ、陛下のためにトイレやお風呂だけじゃなくて、いいものが作れるぞ。


「杯を掲げよ!」


 陛下が音頭を取ると、列席者たちは次々と立ち上がった。


「英雄に!」

「英雄に!」


 恥ずかしいけど嬉しいな。

 僕もつい、慣れないワインを飲みほしたよ。

 陛下が着席をしたので、僕はさっき思いついたことを提案することにした。


「実は作ってさしあげたいものがあります。えーと、紙とペンが欲しいな……」


 侍従さんから紙とペンを借りて、その場でサラサラと建築スケッチをした。

 これもレベルが上がったことによる『工務店』の新たな力だ。

 以前の僕ならこんなに上手なスケッチは描けなかったよ。

 美術の成績は3だったもん。


「こんなものを作ってみたいのですが、いかがでしょう?」

「これは……」


 困惑する陛下にコレの説明をしてあげた。

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