第44話 出来上がった橋

 やがて橋脚は出来上がり、今度は橋桁をかけていく作業になる。

 コンクリートと鋼鉄で作れば……、やっぱりキノシタ、千人乗っても大丈夫!

 よーし、強度は完璧だ。

 橋桁がかかったら、次は床板と側壁だな。

 夜の通行もあるだろうからお洒落な街灯もつけておこう。

 側壁に街灯を設置しようとしたら、カランさんに文句を言われてしまった。


「ご城主様、必要以上に時間をかけられては……」

「どうせなら、ちゃんとしたものを作りたいんだ。街灯は防犯にもなるんだよ」


 この橋での窃盗や痴漢はきのした魔法工務店が許さない!


「まったく、余計なところで生真面目ですね。それも工務店のさがとやらですか?」

「そういうこと」


 キノシタ魔法工務店は地域の暮らしに貢献します!


 次々と出来上がっていく橋を、さっきの子どもが身じろぎもせずに見入っている。


「すごい……」

「工事現場っておもしろいでしょう? これは『工務店』というジョブの力なんだよ」

「ジョブって、もしかして、お兄さんは異世界人?」


 僕がうなずくと、少年はびくりと身を震わせた。

 やっぱりこの子も異世界人を恐れているんだなあ。


「僕のことが怖いかな?」

「お、お兄さんは怖くないよ。いい人そうだもん。だけど、中には恐ろしい異世界人もいるって聞いたから……」


 悲しいけど、それが事実かもしれないな。

 大いなる力は人の心を悪く変えてしまうこともあるのだ。


「おうおう、邪魔だ、邪魔だぁ!」


 突然怒声が響き渡り、野次馬をかき分けて人相の悪い男たちがやって来た。


「てめえら、誰に断ってここに橋を作っていやがる!」


 ああ、この人たちは両岸にロープを張ったヤクザ者か。

 自分たちの商売を邪魔されて怒っているんだな。


「俺たちはクラメンツのご領主様の手の者だぞ。ご領主様の許可も得ず、こんなものを勝手に作りやがって! 今すぐ作業を止めやがれ!」


 やれやれ、ヤクザ者の後ろには領主がいたのか。

 困っている領民から搾取するなんて悪辣な領主だなあ。

 ちらりとカランさんを見ると、心得たとばかりにうなずいてくれた。


「ご城主様はこのまま作業を続けてください。領主には私の方から話をつけておきます」

「お願いするよ。もう少しで完成だから。セティア、赤マムリンのお代わりをお願い」


 ところが、荒くれ者たちは僕らが考えるより気が短かったようだ。

 中の一人が棍棒を持って、作業中の僕に向かってくるではないか。


「止めろって言ってるだろうがっ!」


 僕のすぐ近くで棍棒が降り揚げられた。

 まずい、作りかけの橋に大量の魔力を注ぎ込んでいる最中だから身動きが取れないぞ。

 僕は殴られることを覚悟した。

 ところが、棍棒は僕の頭に落ちてくることはなかった。

 すかさず前にまわりこんだエルニアさんがサーベルを抜いて、その男の鼻先に刃を突きつけていたのだ。

 動きが速すぎて抜く手が見えないくらいだったぞ。


「警告は一度だけです。次にキノシタ様に手を上げれば命はないものと思いなさい」


 うわっ、男の服が真っ二つに裂け、下着が丸見えだ!

 いつの間に切ったんだ?


「うっ…………」


 ヤクザ者は尻もちをついてしまい、それ以上襲ってくることはなかった。

 エルニアさんがこんな特技を持っていたなんて意外だなあ。

 ぱっと見はたおやかなお嬢様だからね。

まるで日本の居合術みたいだ。


「エルニアさん、すごいですね」

「お恥ずかしいですわ。でも、抜刀術はヤンデール人の嗜みでございますから」


 エルニアさんは恥ずかしそうに眼を伏せていた。

 そうか、抜刀術はヤンデレの……、いや、ヤンデール人の嗜みなのか……。

 僕はまたひとつ学ぶことができた。



「よーし、もう少しで完成だぞ!」


 ありったけの魔力をぶつけて橋を完成させた。

おかげで馬車用二車線、両側に歩道、街灯までついた立派な橋になったぞ。

しかも最先端の異世界工法技術を取り入れながらも、どこかレトロな雰囲気が漂っている。


「美しい橋ですね」


 お、カランさんも褒めてくれたぞ。


「石造二連アーチ橋って言うんだ。まあ、中身は鉄筋コンクリート製なんだけどね」


 僕は開通を今か今かと待っている少年に声をかけた。


「もう渡っても大丈夫だよ」

「あ、ありがとうお兄さん。俺、二度と異世界人を差別しないよ!」


 少年は手を振って走っていった。

周囲の人たちも驚愕の表情で僕を見ているぞ。

ここで、すかさずカランさん叫んだ。


「異世界からの召喚者、キノシタ・タケル様が民のために橋を作ってくださった。みな、感謝して渡るがよい!」


 人々は歓声を上げながら橋を渡っていく。

 うんうん、人の役に立つというのはいいことだ。

 だけど、僕の方はもう限界だった。

 魔力を使い果たして、いつもどおりその場に座り込んでしまった。


「キノシタ様!」


 他の三人にとっては見慣れた光景だけど、エルニアさんは僕が疲労困憊ひろうこんぱいしているのは初めてだ。

 ものすごく取り乱しているぞ。


「死なないでキノシタ様!  お願い、何でもいたしますから死なないでぇえええ!」

「単なる魔力切れなので死にませんよ」

「そ、そうなのですか?」

「みっともないところを見せちゃったね」

「そんなことは……」


 エルニアさんが潤んだ瞳で僕を見つめているぞ。

 ひょっとして恋心が芽生えちゃった?

 はは、そんなことあるわけないか……。


「それにしてもさっきの輩、許せませんね。キノシタ様に因縁をつけてきて……。やっぱり一刀のもとに斬り殺してやればよかったかしら?」


 瞳孔が開いた状態で宙を睨んでいるぞ。

 ひょっとして殺意が芽生えちゃった?

 はは……、そんなことあるわけないか……。


「民のためにこんなに立派な橋を造るなんて素晴らしい行いです。私、キノシタ様を誤解していたのかもしれません……」


 誤解もなにも、僕らは知り合ったばかりなんだけどな……?

 すかさずアイネがエルニアさんをからかっている。


「あらあら、ヤンデール公国の方は噂どおり惚れっぽいのですねぇ」

「し、失礼な! 私はご尊敬もうしあげただけで……そんな……」


 エルニアさんは耳の先まで真っ赤だ。


(キノシタ様、ステキ……。ハッ! ステキじゃないわ、敵よ、敵! キノシタ・タケルは敵なの、敵! 私は悪の手先なの! 相容れぬ二人の運命さだめ、涙目。未知の刺激、それは悲劇。yo~yo~)


 エルニアさんはラップのリズムでなにやらブツブツつぶやいていた。

 この人、たまにおかしくなるよな……。


 ちなみに、このシラサギ橋だけど、後に眼鏡橋と呼ばれるようになる。

 石造二連アーチ橋が水面に映ると、眼鏡のように見えるからだ。

 あと、ロープで小銭を稼いでいた領主は左遷された。

 カランさんが報告書で中央にチクったからだ。

 天網恢恢疎にして漏らさず。

 古典の小林先生が言っていたとおりになった。

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