第43話 橋の手前で



 旅の仲間にエルニアさんを加えて、僕らはローザリアへ向かった。

ガウレア城塞を出発してもう七日、だいぶ東南に来たので寒さは少し緩んでいる。

街道に雪はなく、ぬかるんだ道を馬車は進んだ。


「ご城主様、前方に町が見えてきました。クラメンツですね」


 カランさんが教えてくれた。

ここはガウレア城塞へ行くときにも通った場所だ。

たしか手前に川が流れていて、橋を渡って市内に入っていく構造だったな。


「クラメンツに着いたらお昼ご飯を食べようよ。大きな町だったからレストランくらいあるんじゃないかな?」


 お昼はだいぶ過ぎていたので僕らは空腹だった。


「それでは馬車を急がせましょう。すぐにご飯をさしあげますからね!」


 エルニアさんは馬車から御者台へ飛び移り、自ら手綱を取って馬車を急がせていた。

 とんでもないバイタリティーである。


「あそこまでしてくれなくてもいいのに……」


 あっけに取られてみていると、アイネが訳知り顔でうなずいた。


「ご城主様、相当な逸材を手に入れましたね」

「手に入れたって、エルニアさんのこと?」

「ええ、あの方はかなり楽しませてくれそうです」

「エルニアさんを物みたいに言っちゃダメだよ。彼女は僕の部下でもないんだしね」

「うふふ、お気づきになっていないようですが、ご城主様はとっくに手に入れているのですよ」

「何を?」

「ヤンデレの心です」


 なにそれ、怖い!

 ヤンデレってエルニアさんのこと?


「彼女はヤンデール人であって、ヤンデレではないよね?」


 カランさんに確認したけど、無表情で無視されてしまった。



 街に入った僕らはシラサギ橋を目指した。

町の中心街は川向うなので食事をするのも橋を渡ってからになる。

ところが橋を目前にして、エルニアさんは馬車を停止させてしまった。

「どうしたの、エルニアさん?」

「申し訳ございません。ですが橋がないのです」


 エルニアさんの状況説明がすべてだった。

町の中心街へ行く橋はここしかないのに、橋は跡形もなく消えていたのだ。

僕は近くにいたおじさんにどうなっているか聞いてみた。


「一週間ほど前の大雨で橋が流されちまったんだよ。復旧にはだいぶかかるぜ」

「で、みんなアレを使っているんですね……」


 橋が流されてしまったせいだろう。

住民は岸から岸へと張った二本のロープを伝って川を渡っていた。

川幅は二十メートルくらいあり、ただ渡るだけでも一苦労ありそうだ。


「あれは地元のヤクザ者が作ったしのぎさ。渡るのに一回千クラウンだってよ」

「あんな危険なものに千クラウンですか?」

 

 ぼったくりもいいところだ。

 安いランチなら二回は食べられる金額だぞ。


「川向うで大きな市が立つんだよ。こちら側の住民は品物を売るためにも危険は承知で渡らなくてはならないのさ。落ちて亡くなった人もいるけど、渡らなきゃ生活が立ち行かなくなるからなあ」


 おじさんの話を聞いていたエルニアさんが声を荒げた。


「それにしたって危なすぎるではありませんか。あのように小さな子どもまで大きな荷物を背負って渡っているなんて。この街の領主は何をしているのですか!」

「子どもは五百クラウンだから、親に駆り出されているんだろうな……」

「渡し舟とかはないんですか?」

「あるにはあるが、雨が降って増水しているから今日はおやすみだってよ」


 で、ヤクザ者が金儲けをしているわけか……。

 カランさんが身を寄せてきた。


「橋を渡れば市庁舎があります。こちらの身分を明かせば新しい馬車を用意してもらえるでしょう。ここで馬車を乗り捨てて、吊り橋を渡りますか?」

「うーん……」


僕らが見ている前でヤクザが金を払えない子どもを追い払っている。


「こちとら慈善事業をしてるんじゃねえんだ! 金がないならとっとと失せやがれ」

「お願いだよ、これを夕市に持っていかないと今晩のパンも買えないんだよぉ!」


涙ながらに訴える子どもだったけど、ヤクザたちは決して渡らせようとしなかった。

それを見てまたエルニアさんが憤慨している。


「もう見ていられませんわ。私がとっちめてきてやります!」


 エルニアさんって情熱的な人なんだなあ。

でも、エルニアさんがもめ事を起こすこともない。

鬼の形相になって、腰のサーベルに手をかけたエルニアさんを止めた。


「僕が橋を作るよ。今日はこの町に泊まることになるけどいい、カランさん?」

「そうおっしゃると思っていました。どうせお止めしても、言うことを聞いてはくれないのでしょう?」

「うん!」


 橋梁工事きょうりょうこうじも木下工務店にお任せあれだ!

僕は腕をまくって壊れた橋のたもとに手をついた。

住民はロープの方を見ていて、僕に気が付く人はいない。

世の中には雨が降らなくて困っている地域もあれば、急な増水で橋を流されてしまう地域もある。

本当にうまくいかないものだ。

せめて僕が作る橋でここに住む人々の暮らしが安定してくれればいいのだけど……。

大地に魔力を流し込み、まずはしっかりとした土台を作ることにした。

大型車両が通るわけじゃないから鉄筋コンクリートで作れば強度はじゅうぶんかな?

でも、見た目は石造りっぽくした方が街の景観に映えるだろう。

実用性の追求だけじゃおもしろくないからね。

よし、見た目はレトロだけど、強度は最高の橋をかけていくとするか。


方針は決まったので、僕はさっそく作業を開始した。

異世界工法を使えば水をせき止める必要もなく土台は順次できあがる。

魔力を込めて川底に基礎となる橋脚部分を作りはじめた。


「な、なにごとだ!」

「み、見ろ! 川底から何かが盛り上がってきているぞ」


 異変に気付いた人々が騒ぎ始めたな。

 バチバチ弾ける紫電と少しずつできてくる橋脚のせいで野次馬が僕を取り囲んでいる。

おや、先ほどヤクザに追い払われた子どもがこちらを見ているぞ。

ずいぶん心配そうにしているな。

声をかけておくか。


「もうちょっと待っていてね。もうすぐ橋が出来上がるから」

「え? 橋?」

「ほら、川の真ん中に柱が出てきただろう? もうすぐあそこに橋が架かるんだ」

「で、でも……俺、夕市までに荷物を届けないといけないから……」

「そっか。だったら、なおさら頑張らないとね」


 時刻はお昼過ぎで夕市までには時間がありそうだ。

 でも準備などがあるだろうから、もう少し急がないとならないな……。

 僕が考えているのは馬車がすれ違えるほど幅広の橋である。

 どうせ作るのなら、交通が滞ることがない、立派な橋にしたい。


「セティア、赤マムリンはある?」

「ございますが、飲んでも大丈夫ですか?」

「うん、平気だから出してきて」

「で、ですが……」


 赤マムリンを飲めば一時的に魔力は上るけど、反動で眠れなくなったりすることもある。

 それだけ刺激が強いということなのだろう。

 セティアは僕の体を心配してくれているのだ。


「平気、平気。ヘトヘトになるまで魔力を出し切るから、眠れなくなるなんてことはないよ」


 これを聞いてアイネは大喜びだ。


「どうぞ精魂尽き果てるまで頑張ってくださいませ。後のことはこのアイネにお任せください。ぜーんぶアイネがしてさしあげますからね」

「お手柔らかにね……」


 僕は赤マムリンを一気に飲み干して作業を再開した。

 

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