第38話 魔族の蠢動


 むきだしの岩が連なる洞窟の中で、人間と魔人が向かい合っていた。

 魔人は魔軍参謀フラウダートルの部下である。

 一方、魔人に対しても毅然とした態度で臨んでいるのは二十歳くらいの女性だ。

 清純そうな顔立ちをした女性だったが、その表情にはどこか陰があった。


「ヤンデール公国のエルニアよ、以上が私からの依頼だ。受けてもらえるだろうな?」


 エルニアは悔しそうに顔を歪める。


「どうせ私に拒否権はないのでしょう?」

「そんなことはない。まあ、拒否すればヤンデール公爵がどうなるかはわからんがな?」

「おじい様には手を出さないでっ!」

「それもこれもお前次第だ」

「わかりました。キノシタ・タケルという召喚者を監視しましょう……」


 祖父を人質に取られているエルニアに、なす術はない。


「ですが、どうやってキノシタの内情を探ればよろしいの?」

「そんなことは自分で考えろ。噂によるとキノシタ・タケルは幾人もの美女を周囲に侍らせているそうだ。お前も女の武器を使ってハーレムの一員になればいいだろう」

「は、破廉恥なっ!」


 生真面目なエルニアは飛び上がらんばかりに驚いた。


「ふん、手段を選んでいられるのか? 我々は召喚者の情報を欲しているのだ。何としても奴の懐に飛び込め。さもなければ……」

「わかりました! 任務は果たします。だからおじい様を傷つけないで!」


 ジョブの力を見せつけて、女にいうことを聞かせる召喚者の話はエルニアも聞いていた。

 きっとキノシタ・タケルもそのような召喚者の一人なのだろう。

 それならば自分が付け入る隙だってあるかもしれない、エルニアはそう考えた。

 だが、それは屈辱的な行為でもある。

 場合によっては自分の純潔はキノシタに散らされる恐れだってある。

 いや、そうなるに違いない! 

 木下は自分の服をはぎ取り、下着を半分脱がせた状態で屈辱的なポーズを取らせるだろう。

 おそらく、靴下は履かせたまま……。

 そのような状態ですぐに体を触れることはせず、まずはたっぷりと視姦するのだ。

 そうに決まっている!

 エルニアは身震いした。

 生真面目なエルニアにとって、その種の男は唾棄だきすべき存在だったのだ。


「キノシタなんて死んでしまえばいいのに……」


 きっと木下は私の髪に触れるだろう。

 ゆっくりと撫でたり、指に絡ませたりして弄ぶに違いない。

 それから頬に指先を這わせるのだ……。

 それから……指は徐々に下へと移動して……。

 それから……、それから……。


「お、おい、エルニア嬢よ、なにを考えているのだ?」

「はっ! な、なんでもないわ」


 よく、ヤンデール公国の民は思い込みが激しいと言われるが、エルニアは特にその傾向が強い。

 エルニア・ヤンデールの妄想は魔人でさえも引くほどだった。


       ☆☆☆


 ちょうど良い場所が見つかったので、僕はさっそく仮設住宅の建設に取り掛かった。

 とはいえ、ここでお世話になるのは一晩限りだ。

 時間と魔力はあまりかけられない。

 外観は極力シンプルに、間取りも一間でじゅうぶんだろう。

 今夜は雑魚寝だけど、合宿みたいで、たまにはこういうのもいいよね。

 一晩だけの借りの宿だからお風呂も狭くていいかな?

 今日は一人ずつ入ればいい。

 トイレは絶対必要だけど、キッチンなどは設けず、ごく簡単な作りにしてしまおう。


 キッチンなしのワンルームアパートみたいな家になったので、作業は二時間強で終了した。


「ず、ずいぶん質素な作りですね。い、いえ、非難しているわけではありません」


 出来上がったバスルームを覗き込んで、セティアが遠慮がちな感想を漏らした。


「ここに泊まるのは今晩だけだもん。だったら、旅の汚れを流せるだけでじゅうぶんさ」


 浴槽は足を折り曲げなければ入れないけど、シャワーはついているのだ。

 そのぶん魔力消費は抑えられたから、疲れもほとんどない。

 明日も元気に旅を続けられるはずだ。


「さてと、テストを兼ねて先にシャワーを浴びさせてもらおうかな。水量の微調整をしておくよ。アイネとセティアは休んでいて」


 一人になると僕はすぐに服を脱いで浴室に入った。

 湯加減はどんなものだろう?

 栓をひねると、蛇口からは熱いお湯がジャージャーと流れだしてきた。

 ちょっと勢いがよすぎるな……。

 熱すぎるお湯は髪にも肌にも悪いそうだ。

 低温やけどの恐れもある。

 僕は魔力を流し込んで最後の微調整をした。

 外は日も落ちてきて気温はどんどん下がっている。

 早く温かいシャワーを体に受けたかった。


「よ~し、こんなものかな。さっそく髪から洗っていくとしますか」

「はい、そういたしましょう♡」

「は?」


 バスルームの扉が開き、一糸まとわぬアイネが入ってきた。


「な、なにやってるの!」

「もちろんお風呂のお世話ですよ。いつもしているではないですか」

「だ、だ、だからと言って……」


 確かにアイネにはいつもお世話になっている。

 背中を流してもらい、髪を洗ってもらうこともある。

 ときにはひげをそってもらうことさえあった。

 だけどさ、いつもは服を着ているんだよ!

 お風呂用の服だから薄いけど、それでもあるとないとでは大違いだ。

 ここまではっきりとアイネの胸を見たのは初めてだった。


「こ、困るって!」


 視線を逸らすと、そのすきにアイネは僕のそばまで寄ってきてしまった。

 狭い浴槽に一緒に立っているので、体はどうしても密着してしまう。


「本当に狭いお風呂ですこと。わざとですか?」

「え……?」

「私とこうするために、このお風呂を作ってくれたのかと思いましたわ」

「ち、違うよ。これはカタログから適当に選んだだけで……」


 背中からアイネの腕が伸び、僕のお腹の前で手が組まれた。

 そのまま僕はアイネの方へ引き寄せられてしまう。


「アイネ、胸が当たってるって!」

「うふふ、お気にならさらないでくださいまし」


 無理難題を吹っ掛けられた!


「あら、ボディーソープは城塞と同じものなのですね」


 アイネは困惑する僕をよそに手でボディーソープを泡立てていく。


「さあ、きれいにしましょうね」

「いやいや、今日は一人で大丈夫だからさ……」

「アイネのこと、いらなくなっちゃいましたか?」


 ちょっと拗ねた口調で話しながらも、アイネは泡のついた手で僕の背中を優しくなぞった。


「本当にもう大丈夫だからさ……」

「本当かしら? ここは洗ってほしそうでございますよ」

「っ!」


 アイネはあっさりと絶対防衛ラインを突破してきた。

 

「ちょ、ちょっと!」

「カランさんとセティアはお酒を召し上がっています。今のうちにすっきりしてしまいましょうね……」


 密着したままアイネは僕の耳に囁き続ける。


「私にとってはどちらもご褒美ですわ」

「ど……ち……らもって? クッ!」

「抵抗を続ける健気なご城主様と、あっさり堕ちちゃうダメなご城主様、どっちも大好きってことです♡」


 その後、僕がどうなったか、それは皆さんのご想像にお任せしよう……。

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